『モーリタニアン 黒塗りの記録』はアメリカ軍の犯罪的行為を暴いたサスペンス快作。

『モーリタニアン 黒塗りの記録』
10月29 日 (金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
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公式サイト:https://kuronuri-movie.com/
 

 今年、8月31日にアメリカ軍はアフガニスタンでの軍事作戦の終了を発表した。タリバンに明け渡し、この国の治安を投げ出したアメリカの責任は大きい。大統領の交代がもたらしたものとはいえ、アメリカ史上、もっとも長い戦争に終止符が打たれた。自国の都合でアフガニスタンの将来など歯牙にもかけない、アメリカの姿勢は何とも引っかかる。

 ともあれ、アメリカの戦いは2001年の同時多発テロが引き金だった。他国は平気で侵略するくせに、自国領土は安泰と踏んでいたアメリカは衝撃を受け、犯人探しに没頭。過激派グループ、アルカイダ犯人説に立って、容疑者たちを片っ端からキューバのグアンタナモ空軍基地に拘束した。

 ここから絞り出した情報をもとに、アルカイダを支援したタリバン制圧のためにアフガニスタン、さらにイラクと戦線を拡大していく。その陰には軍産複合体、石油メジャーの存在もあったといわれるが、まさに猪突猛進だった。

 本作品はこうした状況のもとで生まれた実話である。いわれのない嫌疑をかけられ、長期間、グアンタナモに収容された男の手記をもとにしたサスペンス。

 アフリカ・モーリタニア出身のモハメドゥ・スラヒは、テロの首謀者の疑いをかけられ、拘束と拷問のもとで、自白を促される日々を送った。収容されている間に書き記した手記はアメリカ軍の検閲によって黒塗りのまま出版されたが、世界的なセンセーションを巻き起こした。

 この手記に衝撃を受けたひとりが、テレビシリーズ「SHERLOCK(シャーロック)」や、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』などで知られるベネディクト・カンバーバッチだった。自分の制作会社で映画化を決意するや、『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』でアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞し、『ラスト・キング・オブ・スコットランド』などの実録ものや『消されたヘッドライン』などの政治サスペンスを得意とする、スコットランド出身のケヴィン・マクドナルドを監督に起用する。微妙な要素を含んだ内容だけに、脚本は練り込んだという。テレビシリーズ「インフォーマー」を手がけたローリー・ヘインズとソフラブ・ノシルヴァニ、プロデューサーのマイケル・ブロナー(Ⅿ・B・トレイヴン名を使用)が監督のマクドナルドとともに内容を吟味し構築した。

 出演者は、『告発の行方』と『羊たちの沈黙』で2度のアカデミー主演女優賞に輝いたジョディ・フォスターを核に、ジャック・オーディアールの『預言者』に主演し、最近では『ニューヨーク 親切なロシア料理店』など、国際的な活動を展開しているタハール・ラヒム。さらに『シャザム!』のザッカリー・リーヴァイ、『ダイバージェント』のシェイリーン・ウッドリーなど充実のキャスティングだ。もちろん、カンバーバッチもプロデュースのみならず、俳優としてさりげなく個性を主張している。

 モーリタニアの自宅で寛いでいたモハメドゥ・スラヒが問答無用に拘束された。

 一方、女性弁護士ナンシー・ホランダーが無償奉仕活動として、キューバのグアンタナモ米軍基地で拘束されているスラヒの弁護を引き受けることになる。

 ホランダーが訪れたグアンタナモはアメリカの常識とかけ離れた異世界だった。彼女は心を閉ざしたスラヒに語りかけ、少しずつ絆を構築していった。知性のあるスラヒに、ホランダーは記録を書くように勧めた。 

 まもなくグアンタナモに収容中の容疑者を戦犯法廷で裁くようにとの大統領命令が下り、アメリカ政府は死刑第一号にすべくスラヒを選ぶ。

 起訴を担当したのは、テロに憤るスチュアート・カウチ中佐。それぞれ糾弾と弁護の立場から、嫌疑を調べるホランダーとカウチは、アメリカ軍がスラヒの自白を引き出すために隠していた、おぞましい真実があることに気づく――。

 マクドナルドはきびきびした語り口でホランダーが容疑者から信頼を得て、彼に希望を抱かせるプロセスを軽快に紡ぐ。彼女の調査を通して、アメリカ軍の常軌を逸した行動の片鱗を明らかにする。兵士たちの忌まわしい行動は実際にニュースなどで取り上げられたので、記憶されている人も多いだろう。容疑者を監視していたアメリカ兵の独断で行った行為ではなく、どうあっても自白を引き出したい軍の暗黙の命令がそこには影響していたのだ。

 マクドナルドのドキュメンタリー出身らしい、エッジの利いた描写と、サスペンスを盛り上げる演出はここでも存分に発揮されている。エンターテインメントから外れないギリギリのラインを保ちつつ、アメリカのしてきたことを明らかにしている。スリリングで予断を許さない映像に惹きこまれ、憤りを感じさせながら、希望に満ちたラストで締めるあたり、無条件で拍手を送りたくなる。

 ホランダーに扮したジュディ・フォスターはやはりうまい。フェミニンな印象を崩さずに不屈の意志を貫くキャラクターがぴったりとはまっている。鬼気迫る熱演というのではなく、軽やかに演じていながら強い印象を与える。みごとな演技という他はない。

 だが、特筆すべきはモハメドゥ・スラヒ役のタハール・ラヒムだ。斜に構えて本心を明らかにしないが、知性があり、熱い血が流れるモーリタニア人を豊かな表現力で披露してくれる。これまでもさまざまなキャラクターを演じてきたが、この役は白眉だといえる。

 脇にまわったザッカリー・リーヴァイやシェイリーン・ウッドリーも個性をいかんなく発揮しているし、ベネディクト・カンバーバッチもスチュアート・カウチ役を気持ちよさそうに演じている。

 アメリカの横暴なふるまいをサスペンスのかたちで描き出した秀作。見応えは十分にある。注目である。