『スウィート・シング』はインディペンデント魂に溢れた、瑞々しさに胸が熱くなる姉弟の成長物語。

『スウィート・シング』
10月29日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか、全国順次公開!
配給:ムヴィオラ
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公式サイト:http://moviola.jp/sweetthing/



 1980年代の終わりから1990年代にかけて、アメリカのインディーズの映画監督たちが日本でも注目を集めた時期があった。ジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を皮切りに、スパイク・リーやジョン・ウォーターズ、少し後にクエンティン・タランティーノやロバート・ロドリゲスも紹介され、熱狂的な支持を集めた。多くの若き映画監督を紹介したのは、先進的な姿勢を持った「ぴあフィルムフェスティバル」であり、当時日本でも開催されていた「サンダンス映画祭」だった。

 ここに登場するアレキサンダー・ロックウェルはわけてもインディーズの星といわれ、1989年の『父の恋人』から『イン・ザ・スープ』と監督作は次々と公開された。ナンニ・モレッティの『親愛なる日記』では出演し、『サムバディ・トゥ・ラブ』を生んだ後、製作総指揮も引き受けたオムニバス『フォー・ルームス』に至る。クエンティン・タランティーノ、ロバート・ロドリゲス、アリソン・サンダースとともに妍を競ったコメディ作品で、それぞれの個性が際立った仕上がりだった。

 ただ、アンチ・メジャーでインディペンデントを貫くロックウェルの姿勢ゆえに、彼の作品はインディーズ・ブームの終焉とともに、顧みられることがなくなってしまう。作品数が少ないこともあって日本で公開されることがなくなってしまった。

 だから、本作の登場は嬉しい驚きだった。日本で劇場公開されることは25年ぶりのことになるが、ロックウェルの個性はまったく変わっていなかった。どこまでも自分のストーリー、スタイルを守り、映像に焼きつける。以前と変わらず、個人的な映像世界のなかに普遍性を横溢させる。映画という自分のやりたいことを慈しみ、じっくりとつくりあげている。その姿勢を称えるかのように、『フラッシュダンス』のヒロインで知られる元妻ジェニファー・ビールス、本作の出演もしているウィル・パットン、『スリー・ビルボード』のサム・ロックウェルなど、ロックウェルにゆかりの人々が製作総指揮に結集している。

 出演者も親密な人々が選ばれている。娘のラナ・ロックウェル、息子のニコ・ロックウェル、さらに妻であるカリン・パーソンズが、家族を演じる。さらに近年『ミナリ』の演技が絶賛されているウィル・パットンが父親に扮して、画面に緊張感をもたらしている。加えてスケートパークでスカウトされたジャバリ・ワトキンズなど、存在感重視のキャスティングが組まれている。

 2013年にラナとニコにカメラを向けた『Little Feet』(日本未公開)を製作しているロックウェルが、再び最愛の家族たちとともに思いのたけを映像に焼きつけている。

 15歳の姉ビリーと11歳の弟ニコは、普段は優しいが酒のトラブルが尽きない父と暮らしている。

 父が大好きな歌手のビリー・ホリデイにちなんで名づけられたビリーは空想の中の大歌手をゴッド・マザーにしている。

 妻に出て行かれた父は酒に逃げる毎日を送っている。クリスマスの日に父はウクレレをビリーにくれるが、家族水入らずの食事のはずが、母は恋人のボーとやってきて大騒動になる。酔いつぶれて帰ってきた父は、強制的な入院措置となり、ビリーとニコは、母とボーが暮らす海辺の家に預けられる。

 ふたりは近所の少年マリクと友達になる。だが、ボーの忌まわしい行動がきっかけとなり、ビリーとニコ、マリクの3人は家から逃げだし、冒険の旅に出た――。

 ロックウェルは自己資金で本作の製作を開始、スタッフには自身が教えている名門・ニューヨーク大学大学院ティッシュ芸術学部映画学科の学生たちを起用するなど、あくまでも気心の知れたメンバーとの制作を貫いた。観客に媚びることなく、どこまでもインディペンデント精神を維持し、自分の映像表現で勝負している。

 本作はスーパー16ミリで撮影。質感のあるモノクロと夢のようなパートカラーで構成されている。往年の無声映画で多用されたアイリス・インや アイリス・アウトの手法を駆使して、多感な少女と弟の軌跡をくっきりと際立たせる。なによりもビリーとニコをみつめる眼差しの優しさに胸が熱くなる。

 子供を育てられない身勝手な親たちにふりまわされ、厳しい現実のなかに身を置いやられても、かすかな希望に向かって疾走する子供たち。ロックウェルの率直で誠実な演出が、誰しもが持っている子供のころのかけがえのない瞬間を思い出させてくれる。ラナ・ロックウェルとニコ・ロックウェルの自然体のふるまい、豊かな表情を引き出したのは、やはり父親ならではの技というべきか。どこまでも活き活きとした存在感が嬉しい。

 シネフィルらしいロックウェルらしく、テレンス・マリックの伝説的デビュー作『地獄の逃避行』のテーマ曲を挿入するなど、随所にこだわりをみせる。ヴァン・モリソンの「Sweet Thing」をタイトル名に使い、ビリー・ホリデイの歌声が流れるあたりは思わずニヤリとさせられる。

 映像からはロックウェルの「心から撮りたいものを撮った喜び」に溢れている。こじんまりとしたつくりながら、一見の価値は十分にある。