『レミニセンス』は“運命の女”に魅入られた男を巡る、雰囲気十分のノワール風SF!

『レミニセンス』
9月17日(金)より TOHOシネマズ日比谷、丸の内ピカデリー、新宿バルト9ほか、全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/reminiscence-movie/

 ユニークな世界観のもと、ツボを突いたストーリーを生み出し、際立った映像感性を誇る存在といえば、『TENET テネット』や『ダークナイト』などの衝撃作でおなじみの監督、クリストファー・ノーランがまず頭に浮かぶが、その彼を支えていたのが弟のジョナサンだ。

 兄の出世作『メメント』の原案を生み出したのは彼だし、『ダークナイト』や『インターステラー』にも脚本で参画。その世界観に大きく寄与した。個人としてもテレビシリーズ「パーソン・オブ・インタレスト」の企画・製作・脚本を担当し、監督まで手掛けてシリーズを成功に導いた。同じくテレビシリーズ「ウエストワールド」の企画と製作総指揮を担当し、クリエーターとしての存在を確固としたものとしている。

 そのジョナサンが兄の影響を離れてプロデューサーとして手掛けたのが本作である。

「ウエストワールド」の脚本で注目されたリサ・ジョイの監督・脚本作で、ジョナサンにとっては私生活のパートナーでもある彼女を盛り上げるべく、積極的に前面に出ている。

 もちろん、私的な感情ばかりで引き受けたわけではない。リサが書いた本作の脚本は、優れた未制作の脚本として2013年の“ブラックリスト”に数えられたほど、話題になったものだった。リサも名乗りを上げる監督を待っていたらしいが、実現しないまま時間が過ぎ、自ら監督に挑むかたちとなった。演出は「ウエストワールド」の1エピソードを手がけたことがあるが、これが初の劇場映画監督作となる。

 舞台は海面上昇が進み都市部が水に埋没した未来のマイアミ。持てる者は土のある高台を独占し、持たざる者は水を避けながら都会に暮らしている。ヴェニスのようなイメージもある世界だ。

 主人公のニック・バニスターは下町に事務所を構えている。未来に希望の持てない世界では、人は過去の思い出に浸りたくなるものだ。バニスターは思い出を再現し、追体験できる装置を顧客に提供している。軍人として失望を味わい、忠実な元軍人のワッツを助手に、今では他人の過去をナビゲートするだけの日常を送っている。

 怠惰な日々を送るバニスターの前に、失くした鍵のありかを思い出したいとミステリアスな美女メイがやってくる。心惹かれたバニスターは彼女の働くバーで、彼女の歌声を聞いた瞬間、恋に落ちる。生きる情熱を取り戻した日々がやってくるが、長くは続かない。ある日、メイが突然に失踪してしまった。

 彼女の行方を探して、関係者を訪ね歩く。明らかになったのはバニスターが彼女のことを何も知らないという事実。彼は自ら彼女との思い出を探索すべく、追体験装置に入る。やがて思いもよらない真相が明らかになり、切ない幕切れが待ち受けていた――。

 ちょっと退廃的な香りが漂う雰囲気のなか、絵に描いたような“ファム・ファタール”(運命の女)が登場し、主人公を翻弄する展開。大学時代にクラシック映画、とりわけフィルム・ノワールの虜になったというリサ・ジョイは、シズル感のある未来世界にノワールの要素を再現してみせる。決してヒロイックではない、陰のある主人公が絵に描いたように魅力的な女性と会い、予断の許さない結末が導かれる。語り口に突っ込みどころはなくはないが、情感を込めた映像に、リサ・ジョイの個性が輝く。アジアの血を継いでいることも影響しているか、どこか諦観がにじみ出る映像に惹きつけられる。

 レミニセンスとは直訳すれば回想、なにより記憶の再現装置を発想し、それを駆使した捜査というのもいいアイデアだ。事件の真相が巡り巡って彼のもとに戻る展開も意表をついていて面白い。さすがに絶賛された脚本だけのことはある。

 しかも嬉しいのはキャスティングの妙にある。バニスター役にヒュー・ジャックマン、メイ役にレベッカ・ファーガソンと来た。ふたりの競演といえば『グレイテスト・ショーマン』になるが、あのときと同じ趣向が繰り返される。彼女の歌声に主人公が心を奪われるという設定である。本作では場末ナイトクラブで、メイが「いつかどこかで」を歌う。リチャード・ロジャース作曲、ロレンツ・ハート作詞になるスタンダードナンバーの名曲だが、これをファーガソンがさらりと歌い、見る者は主人公と同じように彼女に惹きつけられてしまう。曲のセレクション、歌う女性の風情が溶け合って、何とも素敵なシーンになっている。

 ファーガソンは『ミッション:インポッシブル』シリーズではアクション・ヒロインとしての貌を披露しているが、歌っているシーンに精彩を感じさせる。

 ワッツ役にはタンディ・ニュートンが配されているが、いつものようなセクシーさを封印して、さりげなく主人公に好意を寄せるキャラクターに徹している。ファーガソンのメイ役もそうだが、キャラクターは決して甘く色づけしないのがリサ・ジョイの主義なのかもしれない。

 ハードボイルド、ノワール好きは思わずニヤリさせる趣向に富んでいる。アメリカでは評判は今ひとつだったようだが、応援したくなる作品だ。