『竜とそばかすの姫』は仮想世界と現実が交錯する、細田守ならではの少女の冒険成長物語!

『竜とそばかすの姫』
7月16日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか、全国ロードショー
配給:東宝
©2021 スタジオ地図
公式サイト:http://ryu-to-sobakasu-no-hime.jp/
 

 ユニークな才能が次々と輩出する日本のアニメーション界にあって、オリジナリティに満ちた物語で牽引する存在といえば、細田守がまず頭に浮かぶ。

 2005年に『ONE PIECE ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』で長編作品監督デビューを果たし、2006年の『時をかける少女』で実力を高く評価されて以来、『サマーウォーズ』(2009)、『おおかみこどもの雨と雪』(2012)『バケモノの子』(2015)、『未来のミライ』(2018)と、1作ごとに大きな注目を集め、興行的な成功も収めてきた。

 いずれもが常人の発想しないようなストーリーを誇り、SF的なアイデアと家族の絆の物語がみごとに融合している。前作『未来のミライ』ではSF的発想力が独走したきらいはあったが、日本のみならずアメリカでも高い評価を受けた。次にどんな作品をみせてくれるのか、世界から熱い期待が寄せられるなか、本作の登場と相成った。

 本作は細田守のアニメーション制作会社“スタジオ地図”の10周年記念作品となっている。コメントによれば、細田監督が長年、創りたいと考えていた作品なのだという。とかくネガティヴに扱われることが多いインターネットを人間の可能性を広げるツールとして捉え、未来を肯定する展開にしたと綴っている。

 舞台となるのは、登録アカウント50億人を数える仮想世界“U”。ここでは“As”という自分の分身(アバター)になって世界と接することができる。自分自身をスキャンした生体情報をもとにキャラクターの生成が行なわれ、それぞれが思い思いのキャラクターに変貌して時を過ごすのだ。

 自然豊かな高知の田舎に住む17歳の少女すずは、親友のヒロちゃんの導きのもとで、“U”の世界に入り“ベル”という歌姫となった。

 幼い頃に母を失って以来、声を出して歌うことができなくなったすずだが、“U”では思うがままに声を張り上げて自作の曲を披露できた。その透明感あふれる歌声とユニークな曲調によって、そばかすがチャームポイントの”ベル“はたちまちのうちに人気を博していく。

 現実世界では、何かと気遣ってくれる、幼なじみのしのぶくんのことが気になりながら、彼に親しく接する学校の人気者ルカちゃんを気にして素直に接することができない。それは父に対しても同じだった。

 すずは“ベル”として大群衆の前で歌い、凄まじい人気を博するようになる。だが、大規模コンサートの日、突然“竜”が乱入し、会場をめちゃくちゃにする。傲慢で反抗心の強い“竜”の背中に大きな傷を見た“ベル”は、彼の宮殿に向かい、彼の心の裡を知ろうとする。

 宮殿で“竜”の心を和ませることができた“ベル”だったが、“U”の世界を荒らすとして、正義を名乗る者たちが“竜”を糾弾。“U”だけではなく現実世界にも、“竜”排斥の手が及んでいった。

 現実世界に戻ったすずは懸命に“竜”を探す。彼女の声は彼に届くのか――。

 現実世界と仮想世界を巧みにつないで少女の成長物語に結実したあたりが、細田守監督の真骨頂。仮想世界の偏った正義、付和雷同的な傾向を織り込みながらも、あくまでも可能性を秘めたツールとして、監督は前向きにとらえてみせる。内気で母を失った傷から立ち直れなかったヒロインすずが、“ベル”というまったく違う自分を想定することで才能を開花させる展開はみていてまことに好もしい。とことん広大さを意識した映像が紡ぐ“U”では、ヒロインはどこまでも華やかで積極的。現実世界の内気さとは好対照だ。仮想世界がスリリングで華やかな冒険世界だとすれば、現実は青春学園ドラマそのもの。二つの世界で生きていくうちに、ヒロインは次第に自分の周囲にまで気配りができるようになる。この成長がみていて胸が熱くなる所以だ。

 細田守監督は華麗な映像世界に歌の要素を華麗に織り込むことで、圧倒的なヒットを狙っているかのようだ。

 ヒロインのすずの声に京都出身のミュージシャン、中村佳穂を抜擢したのがその表れ。透明感に溢れた歌唱とオリジナリティに満ちたメロディが本作の強烈な推しとなっている。さらに作曲家の岩崎太整、スウェーデン出身のLudvig Forssell、坂東祐大が音楽として参加し、これまでにない深みを誇る仮想世界を楽曲で表現している。

 声の出演者も、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、幾田リラ、佐藤健。加えて森山良子、清水ミチコ、坂本冬美、岩崎良美、中尾幸世、森川智之、宮野真守、島本須美といった、俳優、歌手、声優のトップを揃えた豪華な布陣。しかも役所広司も登場するのだから、キャスティングだけでも話題には事欠かない。

 監督は「インターネットの世界で『美女と野獣』をやったらどうなるか」というのが最初のアイデアだったとコメントしている。この発想は映画を見ていくうちに得心がいく。ヒロインの名前がすず(ベル)だし、なによりあのディズニーの名作にオマージュを捧げたシーンが織り込まれているからだ。ディズニーのアニメーションのようにエンターテインメント性の高い作品を目指した細野守監督の意図は本作に貫かれている。この夏、見ていただきたい1本である。