『Mr.ノーバディ』は意外性のあるヒーローが大暴れする、痛快なアクション快作!

『Mr.ノーバディ』
6月11日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
配給:東宝東和
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公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/mr-nobody

 筋肉隆々たるヒーローが胸のすく活躍をみせる、かつてのアーノルド・シュワルツェネッガーのアクション映画も分かり易くて結構だが、ヒーローはどこか意外性をもった存在であってほしい。最近のような驚きが少なくなった時代にあっては尚更のことだ。

 ここに紹介する作品は意外性のあるヒーローが登場する決定版である。

 主人公はいかにもうだつのあがらない小柄な中年男だ。火曜日のごみ収集にいつも失敗し、路線バスで決まった時間に通勤し、帰ってくる。世の中の理不尽さに抗うこともなく、じっと受け止めて耐える。女房からも、子供たちからも尊敬されることもなく、地味な日々を送っている。

 そんな男の家に強盗が入った。いわれるままに抵抗せずに従った。そのことが子供たちの軽蔑を招くことになったが、男のなかで何かが変わる。男は次第に装うのを止めて、向かい来る相手に対して怒涛の攻撃を始める――。

 まこと『Mr.ノーバディ』とはピッタリのタイトルだ。映画の前半はしつこいぐらいに、ダメ親父ぶりが描かれ、取るに足らない男ということが強調されてから、能ある鷹は爪を隠していたことが明らかにされる。この180度、問答無用の変貌ぶりに息を呑み、拍手を送りたくなる。

 脚本を書いたのは、近年出色のアクション・シリーズ『ジョン・ウィック』で、一躍注目されたデレク・コルスタッド。彼は本作の主演を務めたボブ・オデンカークが、私生活で強盗に入られた経験を知り、脚本にそのエピソードを挿入した。穏便に生きることを是としてきた男が、どんな瞬間にタガが外れるのかをさらりと描き出す。

 そこからは一気呵成である。取るに足らない男がロシアン・マフィアを向こうに回し、凄まじいスキルを発揮する姿を痛快無比に描き出す。その姿はジョン・ウィックよりもはるかにリアルでパワフルだ。

 監督は『ハードコア』で世界にセンセーションを巻き起こしたロシアのイリヤ・ナイシュラー。頭抜けたアクション、スタントはお任せの存在で、ここでは主人公のスキルをリアルに描き出す。うだつの上がらない中年男が自分も傷だらけになりながら、敵を倒す姿は見ている方が熱くなる。聞けば、ナイシュラーは韓国のスリラー映画のファンで、本作もキム・ジウンの『甘い人生』を雰囲気づくりの参考にしたのだとか。近年の欧米の韓国映画への注目度は驚かされるばかりだ。

 ナイシュラーの演出はひたすら勢い重視。前半は押さえておいて、一気にアクションを炸裂。エスカレートさせながら最後までテンションを維持し、見る者をグイグイ惹きこんでいく。あえて舞台となる街を明示せず、どこでも起こりうることを匂わせながら、生活に耐えて、もの言わぬ中年世代にエールを送る。

 アクションの詳細については、」あえて見てのお楽しみにしておきたい。バス内の乱闘も含め、唖然とするような趣向の殺陣、スタントが全編に散りばめられている。

 なによりの功労者は主演のボブ・オデンカークだ。テレビシリーズ「ブレイキング・バッド」、「ベター・コール・ソウル」などで知られているが、もともとはNBCのコメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」出身。脚本も書けばシリアスからコメディまで何でもこなす俳優として確固たる地位を築いている。本作をこなすために殺陣を特訓。スタントをみごとにこなしている。これまでの役柄とはまったく異なる武闘派ヒーローぶり。ちょっと哀愁さえ漂わすハードボイルドな演じっぷりに拍手を送りたくなる。

 しかも共演が『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのクリストファー・ロイド、『スキャナーズ』のマイケル・アイアンサイド、『アイアン・フィスト』のRZAなどくせ者が揃っている。彼らがどんなアクションを披露しているかも作品の注目どころだ。

 理屈はいらない。ただ、悪を粉砕し、敵を倒す爽快さが身上。潔さに拍手をおくりたくなる快作だ。