『幸せの答え合わせ』はイギリス映画らしい、リアルで共感度の高い家族のドラマ。

幸せの答え合わせ』
6月4日(金)より、キノシネマ横浜みなとみらい、キノシネマ立川高島屋S.C館、キノシネマ天神ほか、全国順次ロードショー
配給:キノシネマ
© Immersiverse Limited 2018
公式サイト:https://movie.kinocinema.jp/works/hopegap

 愛し合ってウエディングベルを鳴らしてめでたく結ばれる。

 能天気なラブストーリーならば、ここでハッピーエンドとして幕を閉じるわけだが、現実的に考えればそうはいかない。

 燃え上がった感情はいつしか熱を失っていく。穏やかに慈しみあう関係に移行すれば、結婚生活はうまく進行するが、違う環境で感情を育んだ者同士、些細なことで衝突もするし、しこりが尾を引くこともある。相手に対して期待を捨てて耐えるか。憤懣をぶつけるか。結婚というのは維持することの方がむしろ難しいのだ。

 脚本家のウィリアム・ニコルソンは、29年間も結婚生活を続けてきた両親の離婚騒ぎに接して本作のアイデアを得た。いかに穏やかに見せていても、当事者の思いは異なることを痛感したからだろう。

 脚本家として『グラディエーター』や『レ・ミゼラブル』、『マンデラ 自由への長い道』など、さまざまなジャンルの作品を手がけてきた彼は、長編映画の監督としては1997年の『ファイアーライト』があるだけ。それぞれの当事者の思いが分かる本作だけは、他人に渡す気持ちになれなかったのだろう。思いのこもった映像世界を生み出している。

 しかも出演者はニコルソンのストーリーにふさわしい演技派が揃っている。母親役には『バグジー』や『アメリカン・ビューティ』などで知られるアメリカ人女優アネット・ベニング。4度もアカデミー賞にノミネートされながら未だ無冠。年齢を増すにしたがって、演技力にさらに磨きがかかった。

 彼女に対するのは『ラブ・アクチュアリー』や『ナイロビの蜂』、『ニューヨーク 親切なロシア料理店』など、どんなジャンルでも軽々とこなして個性を印象づけるビル・ナイ。加えてニコルソンの分身となる息子役には『ゴッズ・オウン・カントリー』のジョシュ・オコナーがキャスティングされた。3人の丁々発止の演技、呼吸のあったアンサンブルがなによりの見ものである。

 イギリス南部のシーフォードは美しい景観を誇る海辺の町。圧倒的な迫力の崖、入江は散策する人の心を癒す場所でもある。

 趣味で詩集の編纂をするグレースは、高校の教師をするエドワードと結婚して29年。自信に満ちて皮肉なことばを相手にぶつける彼女に対して、内向的でことばの少ないエドワードは彼女と口論しないでやり過ごすようになっていた。そのことがグレースには不満だった。もっと気持ちをぶつけてほしいと考えていた。

 息子のジェレミーが週末に戻ってきたとき、エドワードは突然にグレースに向かって、もう耐えることができないから家を出ていくと宣言する。

 あまりの衝撃で混乱し、怒りに燃えるグレース。ジェレミーにしても青天の霹靂でグレースを慰めるしか術がない。エドワードの固い決意のもと、それぞれが傷を抱えながら、前に進むしかなかった――。

 夫婦になれば互いの欠点は否が応でも目につく。それに耐えられるか、それでも一緒に暮らすだけの意味があるのか。結婚生活を継続するか否かはそこに尽きる。エドワードは、29年もかけてグレースと別れる決心を固めた。長すぎる歳月は互いの傷をより深く、辛いものにする。エドワードは唯我独尊的なグレースに対して衝撃を与えることができたが、決して後味のいいものではなかった。

 なんといっても被害者は息子であるジェレミーだ。両親がいがみあい、言い争う姿をみないようにしてきた。それでも、まさか別れるとまでは思っていなかった。

 どんな親でも、親は親。ここにおいて、ジェレミーは真剣に親との在り方を考えるようになる。ニコルソンはジェレミーを通して、どんな欠点があっても親に対する愛情は消え去らないことを浮かび上がらせる。親がどうなっても子供は支え、愛していくしかないのだ。

 あまりにも普遍的で、リアルなストーリー。いささかふくらみに乏しいきらいはあるが、いかにもイギリス映画らしい情の機微に貫かれている。なによりもアグレッシブな母を熱演したアネット・ベニングと、寡黙に行動で示した父役のビル・ナイの静かな演技の好対照が、映画に奥行きを持たせている。ふたりの演技を支えつつ、イノセントな息子を懸命に演じたジョシュ・オコナーも好感が持てる。

 どんな諍いも、憎しみも時の流れとともに変容していく。この作品の最後はとても身につまされる。家族問題にお悩みの方は一見に値する。