アンモナイトの目覚め』は感情を揺さぶられる、美しくも抒情的なラブストーリー。

『アンモナイトの目覚め』
4月9日(金)より、TOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
© 2020 The British Film Institute, British Broadcasting Corporation & Fossil Films Limited
公式サイト:https://gaga.ne.jp/ammonite/

 現在、際立った活動をみせる女優ふたりが競演した、リアルで官能的な愛の物語の登場である。

 片や『いつか晴れた日に』でアカデミー賞女優助演賞にノミネートされて以来、『タイタニック』をはじめ、『アイリス』、『エターナル・サンシャイン』、『リトル・チルドレン』でノミネートを重ね、『愛を読む人』でアカデミー賞主演女優賞を獲得。以降も『スティーブ・ジョブス』や『女と男の観覧車』などで豊かな演技を披露しているケイト・ウィンスレット。

 対するのは『つぐない』で13歳にしてアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、『ブルックリン』、『レディ・バード』、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』と、アカデミー賞ノミネートの常連となっているシアーシャ・ローナン。ふたりの個性、演技が競い合い、共鳴しあってみごとなハーモニ―を奏でたのが本作である。

 本作は、長編映画監督第1作『ゴッズ・オウン・カントリー』で一躍注目の人となったフランシス・リーが古生物学者のメアリー・アニングに着目したことに端を発する。アニングは19世紀初めのイギリスの実在女性。13歳の時にイクチオサウルスの全身化石を発掘し、独学で地質学や解剖学を学んで多くの化石を発掘したが、労働者階級の上に女性であるため、王立協会は論分発表も認めようとしなかった。ようやく彼女の死の直前、ロンドン地質学会は彼女を名誉会員に選んだ。

 2010年に王立協会はアニングを「科学の歴史にもっとも影響を与えた英国女性10人」に選んだが、19世紀に彼女のことを書いた書物は皆無に等しかったという。

 そこでリーは自由な発想でアニング像を構築することにした。世間から認められず、黙々と化石を発掘しては商売の縁にしている孤独な女性を発想し、彼女の愛の物語に仕立てあげた。

 自らが脚本を書き上げ、イギリス映画界でもっとも注目度の高いふたりの実力派女優をキャスティング。さらに『マイ・レフトフット』のフィオナ・ショウ、『ゴッズ・オウン・カントリー』にも出演したジェマ・ジョーンズ、ルーマニア出身アレック・セカレアヌを起用するなど充実した顔ぶれとなっている。

 1840年代のイギリス南西部の海辺の町、ライムレジスにメアリー・アニングは母と暮らしている。古生物学者として注目されたこともあったが、今ではアンモナイトを探しては観光用の土産物店で売っていた。

 そんな彼女のもとにロンドンの裕福な化石収集家ロデリック・マーチソンが妻のシャーロットとともにやってくる。彼女の名を知るマーチソンは採集の同行を願い、アニングは高い謝礼に負けて引き受ける。

 さらにマーチソンは流産したショックから立ち直れないシャーロットを数週間預けることを頼み込む。引き受けたものの美しく可憐で、労働などはしたこともないシャーロットにアニングはいら立ち、冷たく突き放す。

 しかし、シャーロットが高熱を出して倒れ、一日中、彼女を付きっ切りの看護することになった。アニングは弱った彼女を支え、自分とあまりにかけ離れた優雅な容姿、仕草のシャーロットに、次第に心惹かれていく――。

 前作ではヨークシャーの牧場を切り盛りする孤独な若い男とルーマニアの季節労働者の愛を紡いだフランシス・リーが、本作では社会的にも虐げられていた19世紀の女性に焦点を当て、しかも切なくも美しいラブストーリーに仕上げたことに注目である。

 裕福な階級の女性はモラルも人権も抑圧され、男の添え物的な立場に追いやられる。労働者階級の女性は労働力だけが求められた時代に、同性同士が心を許しあい、愛を育むこともあったはずだ。だがリーは単に同性愛の話に終わらせはしない。孤独な心と心が惹かれあい、気持ちを紡ぐのは、同性、異姓を超えて、かくも美しく切ないものだということをくっきりと映像に焼きつける。LGBTQ流行の風潮に安易に乗ったわけではなく、人間というものをきっちりと見据えて、万人が共感しうる奥行きのあるドラマに仕上げている。

 リーのリアルで細やかな演出を補強するのは、舞台となるライムレジスの荒涼とした自然を捉えた撮影だ。担当したのは『真夜中のピアニスト』や『預言者』、『君と歩く世界』などのジャック・オーディアール作品で知られるステファーヌ・フォンテーヌ。荒々しい波が押し寄せる海岸、寒々とした町のなかで生を育む人間の姿をリアルに浮き彫りにしながら、湧き上がる感情をみごとに画面に掬い取ってみせる。

 リーの繊細で虚飾のない語り口のもとで俳優たちが圧倒的な演技を繰り広げる。とりわけケイト・ウィンスレットは最高の演技をみせる。彼女が画面に表現したアニングは、中年を迎えた孤独な女性。土産物のアンモナイトを発掘する重労働の日々と口うるさい母との生活に疲れ、頑なに心を閉ざしている。

 なぜ心を閉ざしているのかは映画の進行とともに明らかになる。もともとは情熱的で優しい性格なのに辛い経験によって心を閉ざしているのだ。人生を半ば諦めていたアニングに、自分とはまったく異なる存在であるシャーロットの出現は大きな岐路になる。

 諦めていた情熱を取り戻し、人に好意を寄せる気持ちが燃え上がる。そうした細かい感情の機微を、ウィンスレットは素晴らしい演技力で表現する。これだけリアルで真摯なキャラクターを演じ切るのは、現在の映画界では彼女しかいない。

 一方のシアーシャ・ローナンは裕福な階級の若妻という設定ゆえに、受けにまわった印象だが、それでも一途さ、無垢さを前面に押し出しつつ、女性の精いっぱいの反乱を的確な演技でみせてくれる。ふたりのラブシーンの切なさは見る者の心を揺さぶらずにはおかない。

 美しいラブストーリーをお望みなら恰好の作品。決して派手はないが、切なく胸に迫る逸品である。