2020年8月28日、チャドウィック・ボーズマンが死去した。
まだ43歳の若さ、キャリア的にもまだこれからさらに上昇の一途というときだったから、訃報はただただ衝撃だった。
ふりかえればボーズマンの作品はいずれも注目度が高かった。ひとつには実在の人物を演じることが多かったせいもある。『42~世界を変えた男~』(2013)ではアメリカのプロ野球界で初めてアフリカ系メジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソンを演じ、『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』(2014)では毀誉褒貶の多いソウルシンガー、ジェームス・ブラウンに扮した。また『マーシャル 法廷を変えた男』(2017)では、アメリカ法曹界で初めてアフリカ系の最高裁判事となったサーグッド・マーシャルの若き弁護士時代を熱演してみせた。
もちろん、彼の名が飛躍的に知られるようになったのはマーベル・シネマティック・ユニバースの『ブラックパンサー』(2018)に主演してからである。ワガンダの若き国王ティ・チャラ( ブラックパンサー)として、画面から颯爽たるオーラを放った。このキャラクターは『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)に顔を出し、『アベンジャー//インフィニティ・ウォー』(2018)や『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)ではヒーロー群のなかでも一際精彩を放った。
『ブラックパンサー』の続編もふくめ、輝かしい未来が開けていたのに、大腸ガンという病魔が彼を襲った。聞けば2016年には病は診断されていたのだという。2017年からは化学療法や手術を受けながら、作品に出続けていたという。文字通り、仕事に生命を燃やし尽くした一生だった。
本作はボーズマンが製作に関与したことで話題になったハードなアクション快作である。『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』、『アベンジャー//インフィニティ・ウォー』や『アベンジャーズ/エンドゲーム』の監督で知られるアントニーとジョーのルッソ兄弟が製作に入った影響もあるのだろう。ニューヨークの舞台で活動し、俳優、監督、脚本の各分野で注目を集めるアダム・マーヴィスのストーリーをもとに、マーヴィスと『消されたヘッドライン』のマシュー・マイケル・カーナハンが脚本化。ボーズマンは「犯人追跡のためにマンハッタンを封鎖する」アイデアに惹かれたというが、そこにニューヨークを熟知したマーヴィスの発想の源があった。
監督はイギリスに本拠を置くアイルランド系で「刑事ジョン・ルーサー」シリーズや「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズなどを手がけたブライアン・カークが担当。甘さを抑えた、スピーディでビターな刑事アクションを生み出している。
しかも出演者は個性に富んだ顔ぶれがそろっている。ボーズマンを囲んで、『アメリカン・スナイパー』のシエナ・ミラー、『バトルシップ』のテイラー・キッチュ。さらに『セッション』でアカデミー賞助演男優賞に輝いたJ・K・シモンズなどが居並ぶ。
アンドレ・デイビスはニューヨーク市警(NYPD)殺人課の優秀な刑事だが、容赦のない捜査で有名だった。内務調査で発砲に及んだ正当性を追及されても歯牙にもかけない。
ある日、真夜中のニューヨークで事件が発生する。退役軍人のマイケルとレイがブルックリンのワイナリーに隠されているコカインを盗み出す仕事を請負った。だがそこには300キログラムものコカインがあった。
頭の切れるマイケルは不審に思ったとたん、突然警官隊が突入。激しい銃撃戦となり、レイは警察官たちを射殺してしまう。もはや彼らは約50キログラムのコカインを手にして逃走するしか方法はなかった。
7人の警察官が殺害され、さらに1人が瀕死の重傷を負った事件現場にやってきたアンドレは犠牲になった仲間たちを見つめる。遺体の中には警察学校の同窓生もいた。
NYPD85分署のマッケナ署長はアンドレに捜査を命じる。相棒にタフな女性刑事、麻薬取締班のフランキー・バーンズを無理やり押し付ける。
捜査を開始したアンドレは、大胆な作戦に出た。事件に介入してきたFBIや市当局の許可を取り付け、マンハッタン島に掛かる21の橋すべてをはじめ、川やトンネル、列車など、島全域を午前5時まで封鎖することを発令したのだ。それまでに犯人を逮捕しなければならない。果たしてアンドレは驚愕の真実にたどりつくことができるのか――。
ミステリーやアクション慣れした向きには、ストーリーの進行につれて事件の真相の察しがつくかもしれない。監督のブライアン・カークはきびきびした語り口で、逃げる男たちとタフな刑事の追跡劇を画面に焼きつける。なによりも古くて新しい街、ニューヨークの雰囲気をそこかしこに散りばめ、ノワールとしての奥行きを滲みださせたあたりがカークの個性。主人公や関係者の性格をとことんクールに見据えて、ハードボイルドな空気を漂わせる。マンハッタンを封鎖するという気宇壮大な作戦が売りになっているが、どっこい、主人公のキャラクター造型や、警察という組織の描き方のリアルさが際立ち、凄まじい銃撃戦をはじめとするアクションをさらに補強している。
アンドレを演じたボーズマンはさすがに表情にやつれ、疲れが伺えるものの、捜査に忙殺されたキャラクターの風貌にもみえる。どこまでもクールに事件を追うハンターとしてはこれぐらい苦み走った表情の方がぴったりとはまっている。
詳細は見てのお楽しみだが、最後までハードボイルドで貫いたブライアン・カークに拍手が送りたくなる。アクションがお好みなら、必見といっておきたい。