『KCIA 南山の部長たち』は実話をもとにしたタイトでスリリングなポリティカル・サスペンス。

『KCIA 南山の部長たち』
1月22日(金) シネマート新宿ほか全国ロードショー
配給:クロックワークス
© 2020 SHOWBOX, HIVE MEDIA CORP AND GEMSTONE PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://klockworx-asia.com/kcia/

 近年、韓国映画界の好調ぶりを実感できるような作品が次々と公開されているが、本作も見応えある仕上がりとなっている。韓国の歴史を大きく揺るがした実際の事件に材を取った作品で、本国では2020年公開作品の興行収入第1位の成績を記録した(2020年10月1日現在)。

 それも道理、韓国民にとっては無関心ではいられない内容なのだ。1979年に起きた 朴正煕 (パク・チョンヒ)暗殺事件を扱っている。金忠植(キム・チュンシク)によるノンフィクション「実録KCIA『南山と呼ばれた男たち』」を原作にして、『インサイダーズ 内部者たち』のウ・ミンホと『密偵』のイ・ジミンが脚本化。ウ・ミンホが監督を務めた。描かれるのはいかにして大統領の暗殺が成されたかである。

 1961年に軍事クーデターで大統領の座についた 朴正煕 は1963年から1979年まで独裁政治を行ない、驚異的な経済的成長をもたらすとともに民衆化運動を激しく弾圧した。

 彼はクーデターに成功するや、大韓民国国軍の諜報機関であるCIC(対敵諜報部隊)のメンバーを中心にKCIAを設立。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)工作員の摘発とともに、反政府運動の取締りに力を振るった。

 KCIAは本部の所在地名から、通称「南山」と呼ばれ、国民から恐れられたという。この部門のトップは、代々、朴正煕の信頼する人間が任されたが、1979年10月26日、KCIA部長キム・ギュピョンによって、大統領は射殺された。大統領に次ぐ強大な権力と情報を握っていたとも言われるKCIAのトップがなぜそのような行為に走ったのか。映画はその一部始終を、キム・ギュピョンの側から明らかにしていく。

 暗殺からさかのぼること40日前、KCIA元部長パク・ヨンガクが亡命先であるアメリカの下院議会聴聞会で韓国大統領の腐敗を告発する証言を行なう。しかも回顧録を執筆中だともいいきった。

 激怒した朴正煕大統領はキム・ギュピョンに事態の収拾を命じる。かつて朴正煕を盛り立て、ともに戦って革命に尽力したキム・ギュピョンは、朴正煕の民主派弾圧をはじめとする最近の独裁狂乱ぶりを悲しみつつも従っていたが、パク・ヨンガクもまたかつての戦友だった。

 キム・ギュピョンはアメリカに渡り、裏切り者となったヨンガクに接触する。ひさしぶりに再会した2人だったが、大統領を巡る事態はさらに悪化の一途となる……。

 まさにキム・ギュピョンは明智光秀のごとく。朴正煕を守り政権を維持するべく努力するのだが、すべてが裏目となって追い詰められていく。ウ・ミンホはグイグイと推し進める語り口で、キム・ギュピョンの心情を浮き彫りにする。 朴正煕 の気持ちを損ねないように進言する、気の抜けない会話に神経をすり減らしながら、政敵を威圧する。さながら会話劇のように、言葉のやりとりでサスペンスが盛り上がる。

 歴史的事実で結論は分かっているのに、映像に惹きこまれる。アメリカ、ヨーロッパにロケーションを敢行し、スパイ映画としてのスケールを維持しながら、クライマックスにひた走る。小難しくすることなく、エンターテインメントに徹した。ポリティカル・サスペンスとして素敵な仕上がりである。

 もちろん、先代の朴槿恵大統領下では、父である 朴正煕 暗殺の顛末を映画化することなど不可能であっただろう。文在寅が大統領になったことで、少なくとも題材の心配をしなくてもよくなった。これが韓国映画界の快進撃の所以かもしれない。

 出演者はいずれも個性派が揃っている。キム・ギュピョンを熱演するイ・ビョンホンは『マグニフィセント・セブン』などですっかりアメリカ映画の水に慣れた感じだが、ここでの熱演ぶりは特筆に値する。地味に徹し、耐える中年男の哀愁を漂わせる。大統領への忠誠を誓った身がどんなことでも大統領に従うことができるのか――その苦悩を画面いっぱいに表現する。相手に気取られぬように表情を変えないが、思いが突きあがってくる。その演技はみるべきものがある。

 また朴正煕役のイ・ソンミンは『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』が絶賛されたが、この傲慢で唯我独尊的なキャラクターを巧みに表現している。さらに『哭声/コクソン』のクァク・ドウォン、『1987、ある戦いの真実』のイ・ヒジュン、『ザ・キング』キム・ソジンなど実力派が揃い、映画に深みをもたらしている。

 実際の事件をもとに、韓国の闇に切り込んだ作品。パワフルで緊迫したストーリーに惹きこまれる。一見に値する作品だ。