『43年後のアイ・ラヴ・ユー』は人生の無常のなかで愛する心を称えた、温もりに満ちたラヴストーリー。

『43年後のアイ・ラヴ・ユー』
1月15(金)より、新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷他、全国ロードショー
配給:松竹
©)2019 CREATE ENTERTAINMENT, LAZONA, KAMEL FILMS, TORNADO FILMS AIE, FCOMME FILM . All rights reserved.
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/43love/

 

 コロナ禍によって派手なアメリカ映画大作が公開を見送る流れとなったおかげで、小ぶりながら内容の濃い作品が脚光を浴びるようになったのは嬉しい限りだ。映画館が毎日、上映するためには、ある程度の数の映画が必要だ。アメリカ、非アメリカのいかんを問わず、この時期に公開される作品は応援していきたい。

 とりわけ、スペイン、アメリカ、フランスの合作である本作はもろ手を挙げてお勧めしたくなる、おとな世代に向けた素敵なラヴストーリー。老境に入っても、愛を伝えるのに遅すぎるということはないと謳い挙げる。寿命が延びている今だからこそ成立する作品だ。

 なにより嬉しいのは、主人公を演じるのがブルース・ダーンであることだ。この名は往年の映画ファンには忘れ難き個性の持ち主として焼き付いている。アルフレッド・ヒッチコックの『マーニー』(1964)や『ヒッチコックのファミリー・プロット』(1976)から『サイレント・ランニング』(1972)、『ブラック・サンデー』(1977)のテロリストぶりもよかったが、『栄光の季節』(1982)ではベルリン国際映画祭の男優賞に輝いた。役柄は脇で光るキャラクターばかりだったが、多くの作品に鮮烈な爪痕を残している。

 老年になるまでコンスタントに作品数を重ねたが、大きな注目を浴びたのは『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2013)の演技でカンヌ国際映画祭男優賞を獲得したからだ。以降はクエンティン・タランティーノの『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012)、『ヘイトフル・エイト』(2015)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)などで場をさらい、存在を主張してきた。

 そんな彼がラヴストーリーというと、いささかイメージしにくいかもしれないが、年齢を重ねるにしたがってギラギラしたところがなくなって、容貌も穏やかになり、枯れた老境をさらりと表現できるようになった。

 本作の監督マーティン・ロセテはスペイン出身、ニューヨークで映画を学んだ経験があり、これが2本目の長編作品となる。俳優として尊敬しているブルース・ダーンの出演を渇望し、実現させた。同じくスペインのラファ・ルッソの原案をもとに、ともに脚本を練り上げ、ダーンの個性に合わせて、キャラクターを変えることも厭わなかった。

 共演は『ボーン・アイデンティティー』(2002)のブライアン・コックスに、フランスからは『エディット・ピアフ~愛の賛歌~』(2007)でピアフの親友マレーネ・ディートリヒを演じたフランスのカロリヌ・シロル。アイルランドからはテレビで活動するセレナ・ケネディ、英国からは『ラブ・アクチュアリー』(2003)のシエンナ・ギロリー、スペインからは、ペドロ・アルモドバルの『キカ』(1993)でヒロインを務めたベロニカ・フォルケなど、各国から俳優たちが馳せ参じている。

 本作ではダーンは歯に衣を着せぬ皮肉屋の演劇評論家のクロードを演じる。

 彼は妻に先立たれ、子供たちも独立。悠々とロサンゼルスで暮らしていたが、ある記事を読んで近くに住む親友のシェーンに相談を持ち掛ける。

 なんとアルツハイマー病のふりをして施設に入るというのだ。そこには彼の昔の恋人で舞台女優のリリィが入所していた。

 シェーンが彼を施設に連れていき、首尾よくアルツハイマーのふりをして入所したクロードは、リリィに対して猛アタックをかける。だがリリィはクロードのことなどすっかり忘れていた。

 それでもクロードはめげない。毎日、リリィの手を取ってふたりの思いでを語りかける。ニューヨークでの出会い、かつて共に過ごしたパリでの日々を綴った手紙、一緒に聴いたガーシュインの音色、そして想い出の花ユリの香り。

 しかし、なかなかリリィの記憶は戻らない。そのうち、クロードの家族が施設に入ったことを知り、アルツハイマーを演じ続けねばならなくなる。

 クロードは信頼している孫娘にだけは真実を伝える。リリィの記憶を戻すために、彼女がかつて名演をみせたシェークスピアの「冬物語」を施設で上演することに協力を求めた。

 上演当日、クロードの思いはリリィに届くのか――。

 年齢を重ねると、記憶は次第にあいまいになっていくものだが、病によってすべてを失うというのは、周囲の人々にとっては耐え難い悲しみだ。病であることは分かっているが、何とか愛の力で記憶を蘇らせたいという思いは共感できる。主人公とリリィはかつて結ばれず、別々に家族を持ったが、だからこそいっそう結ばれなかった悔いと思いが募る仕掛けだ。

 最初は皮肉屋で辛辣な物言いだったクロードが懸命にリリィに語りかけ、怪訝な彼女にあの手この手で記憶を取り戻させようとする。その行動を見ていくうちに、見る者はクロードに対する好感度が上がっていく。

 さらに結ばれなかったエピソードが綴られるようになると、クロードの心の裡にエールを送りたくなる。若い頃の恋など結ばれないものが多いものだが、こういう風にロマンチックな展開であれば、クロードが常に心に秘めていたことも理解できる。結ばれなかったから輝いていた恋に、クロードは記憶を取り戻させるということで成就させようとする。老境に居ればいるほど、その思いに胸が熱くなるのだ。

 マーティン・ロセテは89分の間に過不足なく物語る。さすが短編映画の名手といわれただけのことはある。しかも各シーンにユーモアと温もりを忘れず、情の機微をくっきりと浮かび上がらせている。

 もちろん作品の最大の魅力はクロードを演じたブルース・ダーンにある。ブライアン・コックス演じるシェーンとの軽妙な掛け合いからはじめて、偏屈さを全開。それがリリィの前では初々しく恋する男に変身する。どんなキャラクターを相手にしても変幻自在。老いて哀しく、それでも前向きに生き続ける男に成りきっている。

 最後にはリリィを軸にして、「美しき友情のはじまり」も生まれる。愛おしくて切なく、温もり溢れた作品である。