『ソング・トゥ・ソング』は音楽業界を背景にしたテレンス・マリックならではの内省型ラブストーリー。

『ソング・トゥ・ソング』
12月25日(金)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
配給:AMGエンタテインメント
© 2017 Buckeye Pictures, LLC  
公式サイト:http://songtosong.jp

 今年2月に紹介した『名もなき生涯』に続くテレンス・マリック監督作である。1978年の『天国の日々』を発表した後に、1996年の『シン・レッド・ライン』で復帰するまで長いブランクのあったマリックは寡作の監督とみなされていたが、近年は次々と作品を送り出している。それにしても、彼の作品をまさか1年に2度も紹介するなんて思ってもみなかった。

 本作は『名もなき生涯』に先立って、2017年に製作された。音楽のメッカ、テキサス州オースティンを舞台に繰り広げられる、内面的なモノローグで彩られたラブストーリーだ。マリックとしては『ツリー・オブ・ライフ』、『トゥ・ザ・ワンダー』、『聖杯たちの騎士』に連なる作品といえる。

 オースティンはマリックが長年住んだ(今も住んでいる?)場所。さまざまな音楽が交錯し、コンサートやフェスティバルが開催される地として幅広く認知されている。そのイメージを映像に存分に焼きつけようというのが本作の眼目だ。自らが脚本を書き、音楽業界で生きる4人の男女の愛の在り様を瑞々しく紡ぎだす。

 といって、単純なボーイ・ミーツ・ガールなストーリーとなるはずがない。まさに流麗な映像で男女の情愛の綾をスケッチするスタイル。『ニュー・ワールド』からの付き合いで、『ツリー・オブ・ライフ』より本作までの撮影を引き受けるエマニュエル・ルベツキが、ここではまさに疾走するカメラワークで男女の愛の無常を浮かび上がらせる。

 ルベツキといえば、アルフォンソ・キュアロンの2013年作『ゼロ・グラビティ』、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの2014年作『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、2015年作『レヴェナント:蘇えりし者』で、アカデミー賞撮影賞3年連続受賞という偉業を成し遂げた。キュアロンもイニャリトゥも同じメキシコ出身ということがあるにせよ、今が最も旬な撮影監督といえる。マリックの演出のもと、殆ど思うがままのカメラの動きを繰り広げ、見る者をぐいぐい惹きこんでみせる。

 とりわけ本作はステージの演奏シーンが多く、縦横無尽のカメラワークでダイナミックな映像を紡いでみせる。調べてみたら『名もなき生涯』の撮影監督イェルク・ヴィトマーもカメラ・オペレーターとして参加している。ステディカム・オペレーターの名手として知られるヴィトマーの技術もきっちり反映されている。

 もちろん、本作の魅力はスタッフの力だけではない。キャスティングもこの上なく豪華なのだ。ヒロインを務めるのは『ドラゴン・タトゥーの女』でエキセントリックな個性を披露したルーニー・マーラ。これに『ラ・ラ・ランド』や『ブレードランナー2049』などで人気爆発のライアン・ゴスリング、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』や『SHAME -シェイム-』などで、アグレッシブな魅力をふりまくマイケル・ファスベンダー、『ブラック・スワン』でアカデミー主演女優賞を獲得したナタリー・ポートマンが加わる。

 さらに『ブルージャスミン』のケイト・ブランシェット、『ピアノ・レッスン』のホリー・ハンター、『007 スカイフォール』のボンドガールのベレニス・マルロー、『ドアーズ』のヴァル・キルマーなどがさらっと客演。

 音楽ファンにとってはリッキー・リーやイギー・ポップ、パティ・スミス、ジョン・ライドン、レッド・ホット・チリ・ペッパーズなどが登場するのも嬉しいはず。

 オースティンで、フリーターのフェイは、大物プロデューサーのクックと密かに付き合っている。売れないソングライターのBVはフェイに想いを寄せていた。

 恋愛をゲームのように楽しむクックは、フェイをさておき、夢を諦めたウェイトレスのロンダを誘惑。さらなる刺激を求めて突き進む。愛と裏切りが交錯する4人の関係に、思いもよらない運命が訪れた――。

 ストーリーを語ることは本作の場合、それほど意味がない。刺激に満ちた音楽業界のなかで、人は際立った個性に惹かれながら、やがて熱さは失なわれる。永遠を望みながら、決して永遠の人間関係などはないことも本能的に知っている。

 エマニュエル・ルベツキの縦横に疾走するカメラワークを存分に活かしつつ、マリックは内省的なモノローグを駆使して、人間というものの「あはれ」を本作でもくっきりと描き出す。流行の変貌が著しい音楽業界だからこそ、人間関係の希薄さが際立つ仕掛けだ。

 それにしてもマリックのスタイルは一貫している。撮影監督の力をとことん引き出しながら、生きることの無常を浮かび上がらせていく。その姿勢は長編監督第1作『地獄の逃避行』から変わっていない。もちろん彼の思いはサポートしてきた撮影監督たちに負うところが大きい。『地獄の逃避行』ではブライアン・プロビン、ステヴァン・ラーナー、タク・フジモトの3人、『天国の日々』ではネストール・アルメンドロスとハスケル・ウェクスラー。

 そして『シン・レッド・ライン』のジョン・トールを経て、エマニュエル・ルベツキに至る。本作では疾走感、没入感をもたらす映像にさらに磨きがかかった印象だ。

 ここではオースティンで開かれるフェスティバルに実際にカメラを持ち込み、臨場感豊かなライヴの映像を切りとり、さらにバックステージや楽屋などにまで誘う。そのなかで、パティ・スミスやイギー・ポップなどのアーティストが顔を出す趣向だ。ルベツキのスケッチ感覚の映像が作品にリアリティを与えている。

 出演者たちの個性も映像にしたたか焼きつけられている。フェイに扮したルーニー・マーラの漂うような感じが前面に押し出され、BV役のライアン・ゴスリングはむしろ控えめな好漢ぶりを披露する。むしろ悪魔的なイメージで画面をさらうのはクック役のマイケル・ファスベンダーだ。ロンダに扮したナタリー・ポートマンも多少おとなしく見えてしまうほど。 ケイト・ブランシェットをはじめ共演陣もすさまじく贅沢な使われ方をしている。

 テレンス・マリックの持ち味がもっとも発揮された作品。好き嫌いが分かれるかもしれないが、一見の価値は十分にある。