『罪の声』は昭和に起きた実際の事件に材を取った傑作ミステリーの映画化!

『罪の声』
10月30日(金)より、全国東宝系にてロードショー
配給:東宝
©2020 映画「罪の声」製作委員会
公式サイト:https://tsuminokoe.jp/

“令和”の時代になってみると、“昭和”はもはや時代劇のようなセピア色のイメージを持たれている。間に“平成”の30年間が存在を主張しているのだから無理はない。30歳前後の世代は“昭和”など知らないからこそ、異世界のように感じているようだ。

“昭和”を背景にした作品が注目されるのは、異世界だから無責任に楽しめるという気持ちが働いているからだろう。大過去ではなく中過去ぐらいの感覚なのか。起こった事象や生まれた製品の知識はあっても、背景となる時代の空気までは思い至らない。時代や社会に対して、過去のことで片づけがちだ。

 こうした風潮なればこそ、本作が製作される意味もある。本作は2016年に発表された塩田武士の同名ミステリー小説の映画化である。原作はその年のミステリー分野のベストテンを賑わし、独創的な作品に贈る山田風太郎賞に輝いた。なによりの話題は昭和を震撼させた実際の事件に材を取っていることだ。原作者が事件当時の報道をすべて熟読し、できるだけ史実に忠実に再現しながら独自の推理で犯人を特定し、フィクションとして結実させている。

 この魅力的な題材に挑んだのは『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』や『映画 ビリギャル』をはじめ、多彩な作品歴で知られる土井裕泰。テレビドラマでも「逃げるは恥だが役に立つ」などのヒット作の演出で知られているが、本作では『アイアムアヒーロー』や「逃げるは恥だが役に立つ」の人気脚本家、野木亜紀子とタッグを組んで、昭和の一大迷宮事件にメスを入れる。

 しかも出演者が豪華だ。『人間失格 太宰治と3人の女たち』の小栗旬と「逃げるは恥だが役に立つ」や『引っ越し大名!』で個性を披露した星野源の競演。ともに好感度の高いふたりが素敵なアンサンブルを披露してみせる。

 共演も松重豊に古舘寛治、宇野祥平、市川実日子、火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子など、個性的なキャスティングが組まれている。

 35年前、食品会社をターゲットにした一連の企業脅迫事件が起きる。誘拐や身代金要求、そして毒物混入など数々の犯罪を繰り返し、警察やマスコミを挑発。世間の関心を引いた末に、犯人たちは姿を消した。日本の犯罪史上類を見ない劇場型犯罪といわれたが、時効を迎えてしまっていた。

 大日新聞記者の文化部記者・阿久津英士はなぜかこの事件を取り上げた特別企画班に組み込まれ、分野違いに不満を感じながらも取材をはじめる。

一方、京都で小さなテーラーを営む曽根俊也は、父の遺品の中にあった古いカセットテープを発見。自分の声が事件で使われた脅迫テープと同じであることに気づく。知らないうちに事件に関わってしまった。なぜ自分の声が使われたのか。曽根は謎を解き明かそうと、父親のことから調べ始める。

阿久津と曽根は違った角度から事件の調査を始めるが、新たに明らかになった事実とともに出会い、ふたりで真実に立ち向かおうとする。やがて、事件の裏には様々な人たちの織りなす驚愕のドラマがあったことを、ふたりは目の当たりにする――。

 主人公ふたりが別の理由から未解決の大事件に挑み、真相に迫る面白さでぐいぐいと引っ張っていく。現実に起きた事件の知識があれば、なおさら惹きこまれる。原作の驚くべき展開を活かした映像が見る者を釘付けにしてしまう。あくまでもミステリーとしての興趣を盛り上げつつ、時代に翻弄された人間たちの姿をくっきりと浮き彫りにしている。

 主人公の阿久津はかつて社会部の一線で燃えていたが、次第に事件の表層を追いかける日常に疲れ果てて文化部に異動した過去を持つ。記者としての在り方に疑問を感じているという設定だ。この過去の未解決事件の調査を命じられるうちに、事件に関わる人々の人生を知り、記者としての使命を取り戻すという趣向。こういうストレートなキャラクターは、なるほど小栗旬がよく似合う。

 一方、曽根のキャラクターはさらにドラマチックだ。彼は知らないうちに大事件に関わってしまったことへの恐れ、不安に苛まれる。あくまでも目立たず、ひっそりと市井に生きる彼だが、父親や親族が事件に関係していたのではないかという疑問に突き動かされ、彼なりのやり方で自分の子供時代の状況から調べていく。演じる星野源が誠実さを前面に押し出し、リアリティ溢れるキャラクターに仕立てている。

 小栗旬、星野源の持ち味を十全に焼きつけつつ、土井裕泰はヒューマンなミステリーに着地させる。事件の起きた背景、時代の状況については深掘りしない。あくまでも面白いエンターテインメントのための要素として機能させている。野木亜紀子の脚本は、硬派の原作から家族という絆によって生じた感情の綾をさりげなく浮かび上がらせている。多少、説明が多く、テレビ的な駆け足の展開になったきらいはあるが、ミステリーとしては十分に満足できる作品となった。

“昭和”を生きた人には懐かしく記憶が蘇ってくる。後味が悪くないのもいい。映像に対して時にはツッコミを入れながらも、最後まで楽しめる仕上がりである。