『鵞鳥湖(がちょうこ)の夜』はビターでスタイリッシュな中国製フィルムノワール!

『鵞鳥湖(がちょうこ)の夜』
9月25日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
配給:ブロードメディア・スタジオ
©2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,
公式サイト:http://wildgoose-movie.com/

 北京や上海などの華やかな大都市に焦点を当てるのではなく、置き忘れられたような地方都市や町を舞台にした中国映画に傑作が多い。ざっと頭に浮かべただけでも、『帰れない二人』をはじめとするジャ・ジャンクーの一連の作品、フー・ポーの『象は静かに座っている』、ビー・ガンの『凱里ブルース』などなど、いずれも繁栄から取り残された地域に住む人々の閉塞感をみごとに映像化していた。

 2014年ベルリン国際映画祭金熊賞(作品賞)と銀熊賞(主演男優賞)に輝いた『薄氷の殺人』もその範疇に入るか。中国・華北地方の都市を舞台に、バラバラ猟奇殺人の捜査にあたった刑事の顛末をスリリングに描き出した作品。生み出したディアオ・イーナンのリアルでハードな演出が、この地に住む人々のやりきれない絶望感を浮き彫りにしていた。受賞も頷ける仕上がりであった。

 ここに紹介するのはディアオ・イーナンの5年ぶりの新作である。今度は舞台を中国南部の都市に設定し、警官殺しで追われる窃盗団の幹部と娼婦が織りなす逃亡劇をスタイリッシュに紡いでいる。実際に撮影を行なったのは湖北省の武漢市というが、南部の湿気の強い雰囲気を生み出しつつ、夜間シーンの光と影のコントラストのもと、緊迫感を貫いた映像でひた走る。

 出演は、日本ではジャッキー・チェン主演の『1911』に顔を出していたフー・ゴーに、『藍色夏恋』で注目を集め『薄氷の殺人』の演技が絶賛されたグイ・ルンメイ、『薄氷の殺人』に主演したリャオ・ファン、『戦神/ゴッド・オブ・ウォー』のレジーナ・ワンなど、監督好みの顔ぶれとなっている。

 雨が降りしきる夜、郊外の駅近くでバイク窃盗団の幹部で警察に追われているチョウ・ザーノンが妻を待っていると、そこに現れたのは鵞鳥湖の娼婦リウ・アイアイだった。

 2日前、出所して間もないチョウは、バイク窃盗団の会合に出席したところ、部下がもめ事を引き起こし、それがもとで誤って警官を射殺してしまう。

 警官殺しとあって、警察は総力を挙げて捜査。チョウを指名手配すると同時に、多額の報奨金で通報を募った。捜査は次第にチョウの逃亡先に迫っていた。

 リウ・アイアイは妻の代理でやってきたとチョウに伝える。チョウは自らに懸けられた報奨金30万元を妻と幼い息子に残そうと画策。リウ・アイアイと行動をともにするが、警察と窃盗団が行く手を阻む。チョウは次第に袋小路に入り込んでいった――。

 何をしでかすか分からない、命知らずの剣呑な窃盗団に対し、取り締まる側の警察も権力にものをいわせて荒々しい捜査を展開する。大規模な人海戦術をとる警察はチョウの立ち寄りそうな先に張り付く。孤独なアウトサイダーの男女、警察の捜索チーム、バイク窃盗団のギャングの行動を交錯させる展開のもとで、脚本・監督のディアオ・イーナンのシャープな感性がそこかしこで際立つ。

 たとえば人々が集う夜市のシーン。「ジンギスカン」のメロディが流れるなか、発光するスニーカーを履いた人々が整然とステップを踏む。そのなかには警官も敵対する窃盗団も紛れ込んでいる。画面にグイグイとサスペンスが盛り上がり、生活感漂う日常の一コマのなかから強烈な緊迫感が湧き上がる。

 なによりも登場人物の設定のリアルさに惹きつけられる。社会の底辺で生きる人々のペーソスが画面に横溢しているのだ。窃盗団に与するチョウは、妻子を残して悪事に加わったが、このような生き方しかできなかったことに対する悔恨に貫かれている。またリウ・アイアイも明日をも知らぬ日々のなかで見ず知らずの男に抱かれて暮らしている。

 希望も展望もない現実に生きるふたりが出会い、事態が大きく変わっていくプロセスをディアオ・イーナンが説得力をもって描きぬく。チョウを演じるフー・ゴーの孤独が似合う容姿、リウ・アイアイに扮したグイ・ルンメイの何を考えているのか分からない表情が、監督のイメージをさらに倍加している。

 さらに脇を固めるキャラクターもいい。警察特別チームを率いるリウ隊長を、『薄氷の殺人』でチームを組んで監督と気心の知れたリャオ・ファンが扮し、事件解決のためには非情にもなれるが、実は熱い血の通った男伊達をハードボイルドに演じ切る。加えてレジーナ・ワンがどこまでも倖薄いチョウの妻をくっきりと浮かび上がらせている。

 全編、画面からにじみ出る生活感がノワールの面白さをさらに加速する。雨のシズル感、湖の淀んだ水を浮かび上がらせるロケーション、どこまでもリアルでシャープなアクション。ディアオ・イーナンの個性が本作でもいかんなく発揮されている。

 それにしても中国製ノワールは現実をきっちりと反映させ、そこに生きる人々の心情を見る者に知らしめてくれる。本作をお勧めしたくなる所以だ。