インド映画の楽しさは、作家性のある作品を別にすると、1本の作品のなかにあらゆるエンターテインメントの要素が網羅されているところにある。
実話の映画化だろうと、感動のヒューマンドラマだろうと、ジャンルを問わない。ストーリーに笑いやペーソスが盛り込まれ、アクションやスタントが挿入されることも多い。もちろん、歌と踊りは必須で、どのような流れであってもミュージカルシーンは用意される。
これは上映中にはとことん観客を楽しませたいという、製作者サイドの姿勢の表れ。他の国の映画に比べて圧倒的に上映時間が長いのも、あらゆる要素を散りばめたいサービス精神からきているらしい。
もちろん、インド映画も、ハリウッドをはじめとする世界の映画のトレンドを無視せず、あらゆる局面で取り入れてきている。もはやCGやVFXを取り込んだ映像などはお手のものとなりつつあり、多額の予算をかけた驚きの映像を次々と生み出している。
2019年にインド国内映画興行収入ナンバーワンを獲得したという本作は、インド映画の先端をいく仕上がり。なるほど世界30カ国でヒットを記録したのも伊達じゃない。どこまでもスピーディで、予断を許さないスパイ・アクション。とことんバトル・アクションを極め、圧巻のカースタントに彩られた、ハリウッドを凌駕するようなエンターテインメントなのだ。
しかも、中東、ヨーロッパを股にかけて裏切り者を追うストーリー。サスペンスに満ちたシリアスな展開であっても、途中で歌と踊りのミュージカルシーンが織り込まれる。それが違和感なくストーリーに溶け込んでいるから嬉しくなる。
『ミッション:インポッシブル』シリーズや『ワイルド・スピード』シリーズのアクションやスタントに影響を受け、そのエッセンスを巧みにインド風にアレンジした本作は、祖父も父も脚本家という映画に染まった一族の出身、シッダールト・アーナンドが、これまた有名監督を父に持つアーディティヤ・チョープラーとともに原案を練り、脚本化。謎が謎を呼び、どんでん返しも用意された予断を許さないストーリーを生み出した。そこからチョープラーが製作を担当し、アーナンドが監督して映画化された。既に人気監督のひとりだったアーナンドは本作で初めて興行収入ナンバーワンを記録した。
なによりも主演を飾るのが、21世紀のインド映画会を牽引する気鋭の男優たちなのが嬉しい。甘いマスクと鍛え上げた肉体のリティク・ローシャンとタイガー・シュロフのふたり。ローシャンは『カイト』や『クリッシュ』などで日本でもファンを擁し、シュロフも『フライング・ジャケット』や『タイガー・バレット』が日本で紹介されている。ともに二世スターで身体能力の高さでは定評がある。このふたりが丁々発止と渡り合い、インド、中東、ヨーロッパ、北極圏を舞台にスリリングなドラマを構築していく。共演はヴァ―ニー・カプール、アヌプリヤー・ゴーエンカーと美女たちが並ぶ。いかにもインド映画らしい絢爛豪華な布陣である。
インドの対外諜報機関(RAW)のナンバーワン・スパイ、カビールがインド政府の高官を射殺する事件が起きる。
RAWはカビールを抹殺することを決定。若手スパイのハーリドを招集する。ハーリドにとってはカビールは憧れの存在であり、一人前のスパイに育ててくれた師。ともに数々の作戦に従軍し信頼しあう間柄でもあった。
それでもハーリドは任務を遂行することを誓い、カビールの行方を追う。カビールの動機は何なのか、その目的は何か。ふたりの死力を尽くしての戦いは、舞台を変えさらにヒートアップしていった――。
冒頭に衝撃的な暗殺シーンで掴みをとってから、一気呵成にストーリーが疾走する。インドの英雄的スパイのカビールがなぜ暗殺に走ったのかという謎を前面に押し出しながら、映画は弟子のようなハーリドとの師弟の絆、友情を育んだ過去をまず綴る。敵であるイスラム過激派テロリスト軍団をもっとも憎んでいたカビールがなぜインドに反旗を翻したのか。そのプロセスがスリリングに描かれていく。シッダールト・アーナンドとアーディティヤ・チョープラーのふたりは、ハリウッド・アクションをとことん調べ上げ、巧みに引用している。なかでも後半に判明する趣向は驚き必至。ジョン・ウー作品に対するオマージュかいとツッコミを入れたくなる。
本作を見ると、今さらながらにインドが中東、ヨーロッパと地続きであることを実感する。未だ平和に程遠い中東が隣にあるわけで、これまで描かれてこなかったが、単純に絵空事で片づけられない諜報活動というものがリアリティをもって迫ってくる。冒頭のマルタ共和国から中東、ポルトガル、イタリアと舞台が多彩に変わるのも説得力があるのだ。
加えてアクション、スタントの凄さは人後に落ちない。『ダークナイト』などに関わったポール・ジェニングスをはじめ、『デンジャラス・ラン』のフランツ・スピルハウス、韓国から『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』のオ・ハセヨン、そしてボリウッドのパルヴェーズ・シャイフが本作のために集結。肉体を駆使したハードな殺陣、カーチェイス、オートバイのアクションまで、見せ場の目白押し。クライマックスでは氷上の超ド級スタントまで待ち受けているのだから楽しい。
カビールに扮するリティク・ローシャンとハーリド役のタイガー・シュロフは、容姿がアクションに向いていることが得心できる。ぎりぎりと絞り上げた肉体に無駄なところがなく、どんな殺陣にも対応できるイメージ。ローシャンは300フィートのフリーフォールを自ら挑戦するなど、アスリートとしての能力をいかんなく映像に焼きつけている。
まして、ふたりはアクションだけでなくミュージカルシーンにも才能を披露。激しいリズムにキレのいい腰の動きでステップを踏む。ダイナミックなダンスからロマンチックなものまで、魅力をふりまいてくれる。それにしてもインドの男優は、アクションからダンス、歌まで素養を求められるから大変だ。ローシャンとシュロフは間違いなくスターとしての輝きがある。
上映時間は151分と長くても、あらゆる楽しさ詰め込まれている。インド製エンターテインメントの醍醐味を満喫できる仕上がりである。