『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』はフランソワ・オゾンが挑んだシリアスな実話の映画化。

『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』
7月17日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ/東京テアトル
©2018-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-MARS FILMS-France 2 CINEMA-PLAYTIMEPRODUCTION-SCOPE
公式サイト:http://www.graceofgod-movie.com/

 多彩な作品歴を誇るフランス映画界の匠、フランソワ・オゾンがベルリン国際映画祭審査員特別賞を手中に収めた作品である。

 オゾンは1967年11月25日生まれだから、まもなく53歳になる。生物学者の父、フランス語教師の母のもとに生まれ、スーパー8を駆使し、早くから映画製作に情熱を傾けた。名門映画学校に通い、ジャン=リュック・ゴダール、クロード・シャブロル、フランソワ・トリュフォー、アラン・レネ、ダグラス・サーク、ルキノ・ヴィスコンティ、ジョーゼフ・L・マンキーウィッツ、ビリー・ワイルダー、ペドロ・アルモドバル、ライナー・ウェルナー・ファスビンダーをはじめとする先達たちの影響を受けたという。

 映画学校時代から“短編の名手”と謳われたオゾンは、1998年のブラックコメディ『ホームドラマ』で長編デビューを果たし、注目される存在となった。以降、コンスタントに作品を生み出していく。

 ライナー・ウェルナー・ファスビンダーの未発表の戯曲を映画化したコミカルな『焼け石に水』(2000)や、ミステリアスな『まぼろし』(2001)、ゴージャスでミュージカル仕立ての『8人の女』(2002)、ミステリアスなサスペンス『スイミング・プール』(2003)などなど、多彩なジャンルに意欲的に挑み、ウィットに富んだ作品に仕上げた。さらに英語作品の『エンジェル』(2007)から、エロティックなサスペンス『2重螺旋の恋人』(2017)まで、一作ごとに趣向と技巧を凝らした作品を発表してきた。

 皮肉なユーモア、人間の深層心理を細やかに浮かび上がらせる技量には定評があるオゾンだが、本作はこれまでの作品群とは異なる。常にチャレンジ精神で、スタイルを変えることも辞さない彼が、実話をもとにした、バリバリの社会派的題材に正攻法で立ち向かったのだ。

 題材に選んだのは、フランスでセンセーションを巻き起こした「プレナ司祭事件」だ。

 フランス人司祭ベルナール・プレナが長年に渡って児童への性的虐待を行ない、膨大な数の被害者を生んだ。30年を経て被害者が声を上げ、被害者団体「沈黙を破る会」を設立。2016年1月に司祭と教会に対して訴えを起こした。

 この事実を知ったオゾンは被害者たちに取材。綿密なリサーチを課して自ら脚本化し、ドキュメンタリーではなくあえてフィクションのかたちで世に問うた。

 出演は『わたしはロランス』で知られるメルヴィル・プポー、『エンテベ空港の7日間』のドゥニ・メノーシェ、『女の一生』のスワン・アルローなど、実力派俳優が揃っている。

 ビジネスに成功し、妻と子供に恵まれたアレクサンドルは、幼少期に忌むべき行為を彼に強いたブレナ司祭が今も聖職にいて子供たちと接していることを知る。怒りに燃えた彼は司祭の行状を教会上層部に訴えるが、組織は一向に処置をとろうとしなかった。アレクサンドルは悩みぬき、家族に告白した末に、ひとりで過去の出来事の告発を決意する。

 アレクサンドルの告発は被害者たちに大きな影響を及ぼした。最初は関りすら拒んでいた被害者のフランソワは、やがて使命に気づき、被害者が声を上げる団体の設立に奔走。同じく一人でトラウマに苦しんできたエマニュエルは、被害にあった男たちの輪に加わることで生きる希望を見いだしていく。

 誰しも心にトラウマのひとつは持っているが、それが性的な被害となればなおさら隠しておきたいものだ。映画は対照的な三人の被害者、アレクサンドル、フランソワ、エマニュエルの心情に寄り添い、彼らが前向きに生きようとする姿をストレートに称えている。忌まわしい小児愛事件を扱いながら、見終わった余韻が希望に満ちているのはここに起因する。

 オゾンは社会派作品にありがちな、大上段に振りかぶった糾弾調にはせず、トラウマを抱えた男たちがいかにして現実に立ち向かうに至るかを、静かに綴る。スタイリッシュな映像と、挑発的な作風を封印し、子供時代の健やかな日々を奪われた被害者たちに寄り添い、人間としての尊厳を取り戻す戦いを、緻密に描き上げている。

 崇高であるべき宗教の裏に秘められた忌まわしい行為は、これまで語られることはあっても公になることは少なかった。2002年にボストン・グローヴ紙のカトリック司祭による性的虐待事件が調査報道で明らかになり、この訴訟の後押しになった。ボストン・グローヴ紙の活動については2015年の『スポットライト 世紀のスクープ』がくっきりと描いている。「プレナ司祭事件」は2020年3月に禁錮5年の判決を受けたというが、彼の行動を結果的に黙認した教会上層部にまで糾弾は及んでいない。無宗教の割合が多い日本人にはピンとこないかもしれないが、宗教を糧に生きている人たちは世界中に膨大な数に及んでいる。それだけにオゾンが正攻法で描こうと考えた理由も分かる。

 フランソワ・オゾンの新作『Été 85』はもはや待機中。コロナ禍のせいでペンディングしていると聞いた。本作を称えつつ、新作公開を楽しみに待ちたい。