『グッド・ワイフ』はメキシコの新鋭女性監督が描く、ゴージャスで辛辣、洞察力に富んだ女性映画。


『グッド・ワイフ』
7月10日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
配給:ミモザフィルムズ
©D.R. ESTEBAN CORP S.A. DE C.V. , MÉXICO 2018
公式サイト:http://goodwife-movie.com/

 アルフォンソ・キュアロンやアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ギレルモ・デル・トロをはじめ、メキシコ映画の個性豊かな匠たちは、心に残る作品を数多く生み出してきた。濃密で緊張感に溢れた映像と演出力が共通項。アメリカ映画界と付かず離れずの関係を保ちながら、オリジナリティを際立たせるあたりが真骨頂である。

 本作を手がけたアレハンドラ・マルケス・アベヤもそうしたハリウッドと渡り合えるタフな監督と期待されている。なにせ2015年の長編デビュー作『Semana Santa』、そして本作と、いずれもトロント国際映画祭でプレミア上映を果たし、ヴァラエティ誌では2019年注目すべき映画監督10人のひとりに彼女が選ばれているのだから、期待度の高さが伺える。

 わずか2本の作品歴の女性監督がここまで騒がれるのは、何といっても本作の仕上がりによる。

 本作が描くのは、メキシコが歴史的な債務危機に陥る直前の上流階級社会。マダムたちが栄華を競い、豪奢な生活を送ることに身をやつす姿を、ひとりの女性の軌跡を通して浮き彫りにしている。原案はメキシコでは名高い作家、グアダルーペ・ロアエサの小説「Las niñas bien」。メキシコの特権階級を題材にすることが多い女性作家ロアエサの作品群のなかから、アレハンドラ・マルケス・アベヤは興味深いエピソードを抽出して脚本を構築していった。

 ヒロインのソフィアは最先端のゴージャスなファッションに身を包み、美容を念入りに施して、羨望される美しさのもとで上流社会の中心に君臨していた。夫の毛並みの良さを誇り、洒脱な会話の端々に鋭いトゲを潜ませて女王のようにふるまう彼女は、成功した男が理想とする“トロフィ・ワイフ”を演じ切ることで、何不自由なく日々を送ってきた。

 ところが申し分のない彼女の生活に亀裂が生じる。メキシコ政府の失政が招いた債務危機の影響が影を投げかけてきたのだ。上流社会の仲間にも破産する者が現われる。

 ソフィアの夫の会社も資金繰りが悪化。夫には経営能力がないことは歴然としていた。ソフィアの窮地は上流社会の知るところとなり、友人たちは挙って成り上がりのハダットとアナ・パウラ夫婦にすり寄るようになる。

 アナ・パウラは不倫の末にハダットを獲得したことと、庶民的なふるまいをソフィアは軽蔑していたが、彼女もまたアナ・パウラの軍門に下ることになる。だが、彼女はそのままでは終わらない――。

 アレハンドラ・マルケス・アベヤは、冒頭からファッション、エステに全神経を傾けるソフィアの姿を克明に浮かび上がらせる。自分が上流社会で君臨するためにあらゆる努力を惜しまない。だが、その姿は洗練されて美しいが浅薄で、彼女のことばの端々には無意識を装った底意地の悪さが際立つ。アベヤはそうした無自覚なヒロインの姿を辛辣かつ仮借なく映像化し続ける。

 ひとつの社会が構成されると、そこには上下関係、主従関はが必ず生まれる。1980年代前半のメキシコシティの高級住宅地で形成されたマダムたちの閉鎖的な社会がどのような推移をみせていくかを、アベヤは滑稽さとほろ苦さをもって綴っていく。ヒロインをはじめ登場人物のキャラクター造型はまことにみごとという他はない。女性の本質というのは言い過ぎかもしれないが、富を拠り所に虚勢を張る女性たちの暗闘は時代や環境の変わった現代においてもまま見受けられる。アベヤの洞察力の鋭さには脱帽したくなる。

 出演者は日本ではあまりなじみがないがメキシコの実力派女優が揃っている。なかでもソフィアをイルセ・サラスが存在感を披露してくれる。日本に紹介された作品はほとんどないが、本国では映画、テレビ、舞台と幅広く活動する。本作でメキシコのアカデミー賞にあたるアリエル賞の主演女優賞を手中に収めている。ヒロインの傲慢さ、そして卑しさまでも繊細に表現してみる者を惹きつけずにはおかない。

 共演のカサンドラ・シアンゲロッティ、パウリーナ・ガイタン、ジョアンナ・ムリーヨも女性の生々しい貌を垣間見せて印象に残るが、作品の構成上、男優たちは今ひとつ影が薄い。いちばん残ったのは、映画には登場しないヒロインの憧れ、フリオ・イグレシアスというのもおかしい。

 女性の本質を抉った人間喜劇と形容したくなる仕上がり。大人になればなるほど想いは深くなる。まずは一見に値する。