『ジュディ 虹の彼方に』はジュディ・ガーランドの素晴らしさをみごとに焼きつけた感動作!

『ジュディ 虹の彼方に』
3月6日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation 2019
公式サイト:https://gaga.ne.jp/judy/

 

第92回アカデミー賞主演女優賞に輝いた作品である。

憑依型の演技をみせるレネー・ゼルウィガーが往年のハリウッド・スターを演じたことで絶賛されていて、下馬評も高かった。なにせ演じたのが、ドラマチックな軌跡を歩んだことで知られるジュディ・ガーランドなのだから驚く。

圧倒的にダイナミックな歌唱と個性で知られるガーランドを、ゼルウィガーがどのように演じ切ったのか。映画ファンなら、もっとも気になるところだったが、各賞を総なめしたことがなによりの名演証拠となった。

 

本作が描くのは、ガーランドの晩年の日々だ。映画界から見放され、経済的に苦しみ、子供と過ごすことを喜びに歌手活動を行なっていた時期。未だ人気のあったイギリス、ロンドンのクラブに出演した日々に焦点を当てている。原作はピーター・キルターの舞台劇『End of the Rainbow』。これをもとに新進の脚本家トム・エッジが映画的に脚色。『トゥルー・ストーリー』で映画監督デビューを果たしたルパート・グールドが、舞台の経験を活かしながら、過不足のないストーリーテリングを披露している。

本作でも過去の記憶を散りばめるかたちで、ガーランドの波乱の生涯を軽く触れているが、映画に接する前に彼女のかんたんなバイオグラフィを書いておこう。

 

三人姉妹の末っ子として1922年に生を受けたジュディ・ガーランドは1929年に姉妹と一緒にショービジネス界入り。一躍スターダムにのし上がったのは1939年に『オズの魔法使』に抜擢されてから。アカデミー特別賞を受賞し、以後、メジャー映画スタジオMGMは青春ミュージカルスターとして売り出し、『若草の頃』や『イースター・パレード』などに起用した。彼女の親しみやすい容姿と圧倒的な歌声が多くの人を魅了した。

一方で、太りやすい体質のために、映画会社からダイエット薬として覚醒剤(アンフェタミン)や睡眠薬の服用を命じられていたことや飲酒が加わり、人気絶頂期に情緒不安定となり、ついには薬物中毒に陥る。私生活も乱れ、撮影にまで影響が出るようになる。我慢を重ねていたMGMは解雇を宣言した。

ガーランドはコンサートに活路を見出し、歌手として高い評価を受けるようになる。その張りのある歌声と歌唱力で、再びスターの輝きを取り戻したのだ。すると1954年には『スタア誕生』で映画界に復帰し、その圧倒的な演技力と歌唱を再び世界中に知らしめた。

それでも映画界からのオファーは少なく、次第に生活は困窮していった。晩年、彼女は子供を抱えて懸命に生き抜こうとしたが、1969年に薬物の過剰摂取でこの世を去る。享年47歳の若さだった。

 

本作が綴るのは1968年冬。子連れで巡業をしていたガーランドは借金を重ね、住む家もなかった。仕方なく、元夫に子供を預け、ロンドンのクラブの出演を決意する。

単身で異境に暮らす不安が、彼女を過去の記憶に誘い、薬物とアルコールに走らせる。ロサンゼルスに行ったときに知り合った胡散臭い男、ミッキーがやってくると、その偽りの優しさにすがることになる。スターとしてのプライドとガラスのように壊れやすい精神状態が彼女を緊張状態に追いやるのだ。

だが、不安を乗り越えて彼女がステージで歌い始めると、すべてが変わる。彼女の歌が観客全ての胸に沁みこみ、感動で包む。だが、彼女の高揚感は長くは続かなかった――。

 

本作が感動的なのは、精神的にも物理的にも追いつめられたガーランドが、不安を克服して歌う、その圧倒的瞬間をみごとに映像化したことだ。ミュージカル映画やCDレコードなどで熟知しているガーランドが私生活ではこのような苦境を経験した事実を映像で目の当たりにさせられた後に、ステージでの圧倒的パフォーマンス用意する。原作者ピーター・キルターと脚色したトム・エッジによる展開のみごとさを称えたくなる。

ルパート・グールドは滑り出しを控えめに語りだし、盛りを過ぎた女性の悲哀をじっくりと紡いでいく。もはや若くもなく、かつてのプライドだけを縁に懸命に持ちこたえている女性の姿をくっきりと浮かび上がらせる。弱肉強食のショービジネス世界で生きるためには代償も大きいことが映像からも伝わってくる。

 

だが、なによりも素晴らしいのはガーランドに成りきってみせたレネー・ゼルウィガーの存在感だ。外見は決して似ていないし、最初は似せようとするゼルウィガーの努力が煩わしく感じるが、ステージの上で歌い始めた瞬間にイメージが一変する。「バイ・マイセルフ」や「トロリー・ソング」、「サンフランシスコ」や「カム・レイン・オア・カム・シャイン」など、ガーランドの熱唱が忘れがたい名曲の数々がゼルウィガーの歌声によって、新たな息吹を吹きこまれる。これまで『ブリジット・ジョーンズの日記』などのコメディを得意とする印象で、ミュージカルの『シカゴ』に出演したこともあったが、ここまで歌唱力に秀でているとは思わなかった。その事実に感動し、思わず胸が熱くなってしまった。

まこと本作はゼルウィガーのひとり舞台といいたくなる。ガーランドの女としての繊細な心のひだや弱さを巧みに表現し、彼女の存在を素直に称えている。アカデミー賞を手中に収めたのも当然のことだ。

 

なかでも『オズの魔法使』でガーランドが熱唱した名曲「オヴァー・ザ・レインボウ(虹の彼方に)」が感動的に流れるシーンは心に沁み入る。この趣向は感涙ものだ。ハリウッドの暗黒面に翻弄されながらも、幾多の作品やCDレコードを残したガーランド。本作を機に再び脚光を浴びてほしいと切に願う。本当に素晴らしいアーティストなのだから。