『LORO 欲望のイタリア』は絢爛たるパオロ・ソレンティーノ世界を満喫できる、素敵なエンターテインメント!

『LORO 欲望のイタリア』
11/15(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給:トランスフォーマー
©2018 INDIGO FILM PATHÉ FILMS FRANCE 2 CINÉMA
公式サイト:http://www.transformer.co.jp/m/loro/

 

待望ひさし、イタリア映画界で際立った個性を発揮し、国際的な活動を展開する注目の匠、パオロ・ソレンティーノの新たなる快作の登場だ。

当コラムではこれまでに第86回アカデミー外国語映画賞に輝いた2013年の『グレート・ビューティ 追憶のローマ』と、ヨーロッパ映画賞の作品・監督・男優賞を手中に収めた2015年の『グランドフィナーレ』を紹介したが、3年ぶりに彼の新作の登場となった。本作に接すると、ソレンティーノの個性が円熟味を増し、さらに奇想に拍車がかかったことが分かる。

題材に取り上げたのは、イタリアの不動産王にしてメディア王としても君臨し、政界に身を投じて首相にまで上り詰めた実在の人物、シルヴィオ・ベルルスコーニの軌跡だ。マフィアとの癒着や脱税、賄賂、奔放な女性関係などなど、数多くのスキャンダルにまみれながら、なぜか国民からの人気は高かったベルルスコーニ。本作は彼が70歳代を迎えた、2006年から2010年にかけての期間に焦点を当てる。

この時期は政敵に敗れたベルルスコーニが、あらゆる手段を駆使して政権に返り咲くに至った時期だ。ソレンティーノは「人間とは伝記的な事実の堆積ではなく、感情の産物である」という信念のもと、事実に縛られることなく、深い洞察力を武器に人間ベルルスコーニに分け入っていく。

脚本は『きっと ここが帰る場所』や『グレート・ビューティ―/追憶のローマ』でチームを組んだウンベルト・コンタレッロとともに練り上げ、一筋縄ではいかない爛熟の世界を創造した。当時のベルルスコーニの暗躍のプロセスをリアルに紡ぐのではなく、彼が人生の局面、私生活の瞬間に抱いた感情に目を向けている。当然、リサーチは徹底的に行なったというが、あえて過激で下世話、エスカレートした狂乱の世界を設定し、そこに勝利と成功への渇望を浮かび上がらせるとともに、ひとりの男の愛、若さへの執着をくっきりと描き出した。

ベルルスコーニを演じるのは、『グレート・ビューティ―/追憶のローマ』で名演を披露したトニー・セルヴィッロ。イメージアップのためなら整形もあえてする“洒落”男を凝ったメイクで再現しつつ、そこに生きることのペーソスを醸し出す。人生の酸いも甘いも味わったキャラクターの悲哀がにじみ出るあたりがセルヴィッロの演技の真骨頂だ。

共演は『あしたのパスタはアルデンテ』のエレナ・ソフィア・リッチに、ウディ・アレンの『ローマでアモーレ』にも顔を出していたリッカルド・スカマルチョ。『カプチーノはお熱いうちに』のカシア・スムトゥニアクをはじめ、実力派俳優が脇を固めている。

 

イタリア、サルデーニャの広大な敷地を持つゴージャスな高級ヴィラに、悪名高き元首相のルヴィオ・ベルルスコーニが住んでいる。

政治とカネ、マフィアとの癒着、職権乱用、女性問題に失言など、数々のスキャンダルで世間を騒がせつつも首相に上りつめ、政敵に敗れ失脚したものの、怪物的な手腕で、政権への返り咲きを狙っていた。

一方、政界進出を目論む青年実業家のセルジョは、その足掛かりに何とかベルルスコーニに近づこうと画策していた。

セクシー美女を招き、豪華絢爛なパーティーで生気を養いながら、持ち前の巧みな弁舌で足場を固めていくベルルスコーニだったが、やがて政治家生命を揺るがす大スキャンダルが勃発する。しかし、ベルルスコーニは臆することなく自分の望む人生を歩んでいく――。

 

イタリア国内では、ベルルスコーニに取り入って、のし上がろうとするセルジョをフィーチャーした第1部と、ベルルスコーニがメインの第2部の2部作として公開されたのだという。本作は海外向けに1本の作品として再編集したインターナショナル版である。この事情を聞けば、作品としての分かりにくさも納得がいく。だが、その分かりにくさを補って余りあるのが、ソレンティーノの映像美だ。この怪物的キャラクターの世界を、絢爛豪華な意匠、華美な建築、豪華な美女たちの競演で縁取っていく。まさに“人生はサーカス”の思いのまま、インパクトに富んだ映像で貫いているのだ。

ベルルスコーニの退廃した甘い生活をこの上なく刺激的かつエロティックに再現して、見る者の心をきっちり捉える。その爛熟した日常から、ベルルスコーニや妻、関係者の思惑や感情が浮かび上がってくる展開だ。

ベルルスコーニは、成功を既に手にしていながら、駆り立てられるようにさらなる頂点を目指す、飽くことのない業の持ち主。女性好きが高じて若い女性たちとの乱交の日々を送っていても、彼は妻の愛を得られなかった悔いを心の底に貯めこんでいる。

若い女性のひとりから「老人の口臭がする」と、決して若くないことを思い知らされ、絶対的な孤独に苛まれながら、それでもベルルスコーニは庶民の抱くカリスマのイメージをさらに誇示しようとする。

彼には男としては共感を禁じ得ない情感がある。ソレンティーノはベルルスコーニのロマンチシズムとメランコリーを切なく哀愁を込めて映像に焼きつけている。

嬉しいのは過去に歌手だったベルルスコーニが朗々とカンツォーネを歌うシーンまで盛り込んだこと。スリリングなブラックコメディの展開からミュージカルの貌を持つに至るのだ。

しかも、このカリスマにすり寄る人々はカリカチュアされたピエロ・キャラクターそのまま。個性もさまざまなピエロたちの競演はまさにサーカスといいたくなる。怪物とみせていたベルルスコーニの方がまともにみえてくる不思議。ここまで誇張すれば、実在の人物のドラマといえど訴えられることもないだろう。

 

これまで“人間の老いと死”をモチーフに、さまざまな題材を料理してきたパオロ・ソレンティーノ。本作で彼の演出力の素晴らしさを堪能されたい、これからどんな題材を取り上げてくれるのか、さらに注目したくなる。