『フロントランナー』は政治家の資質とメディアの在り方を問いかけた、スリリングな群像ドラマ。

『フロントランナー』
2月1日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:http://www.frontrunner-movie.jp/

 2009年に、たばこ業界のスポークスマンの奮闘ぶりを描いた『サンキュー・スモーキング』で超異変映画監督デビューを果たして以来、ジェイソン・ライトマンは心に残る作品を生み出し続けている。高校生の妊娠騒動を描いた『JUNO/ジュノ』や、マイレージを貯めることを人生の目標にしている男を主人公にした『マイレージ、マイライフ』、さらには30代後半の“痛い”女性を綴った『ヤング≒アダルト』など、辛辣さと情を散りばめた、エッジの利いた語り口が高く評価されている。
 父アイヴァン・ライトマンはチェコスロバキアからの移民で、『ゴーストバスターズ』や『ツインズ』などのヒット作を誇るコメディの匠。幼い頃から撮影現場に出入りしていたジェイソンはUSCで映画技術を学んだ上でアメリカ映画界に挑戦した。
 前述のほか『とらわれて夏』や『ステイ・コネクテッド~つながりたい僕らの世界』、『タリーと私の秘密の時間』などの作品を監督。近年は少し題材と個性がフィットせずに迷いを感じさせたが、本作では政治家の資質とメディアの在り方というものをストレートに問いかける。
 現在、メディアは世界的にスキャンダル本位の報道。政治家、芸能人も例にもれず、スキャンダルは徹底的に肴にされるが、反面、その人間たちの業績や仕事ぶりは注目されない。日本においては、メディアは政治家に忖度して自己規制するケースも少なくないのだ。アメリカではスキャンダルなどへの河童のドナルド・トランプの登場によって、メディアの力不足が露呈してしまっている。
 こうした風潮のなかで、ジェイソン・ライトマンはあえてスキャンダル本位報道のきっかけとなった、1988年のゲイリー・ハート事件を題材に選んだ。
 ゲイリー・ハートは知性と理性を掲げ、行動力と理想主義によって“ジョン・F・ケネディの再来”ともてはやされた民主党の大統領候補だった。選挙戦のトップを走っていた彼が、たったひとつの記事によって、結果的に撤退の決断を迫られることになった。この出来事が契機となって、メディアの報道は政治報道よりも、国民が望む政治家の私生活や嗜好を暴く方向にシフトするようになったのだという。
 この題材は元ニューヨーク・タイムズ紙の政治部長マット・バイの書いたノンフィクション「All the Truth Is Out」をもとしたもので、バイ本人とテレビシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」のクリエイティヴ・コンサルタントとして知られるジェイ・カーソン、さらにジェイソン・ライトマンが加わって脚色。
 スキャンダルをめぐってハート本人、家族、側近、メディアがどのように行動したかが綴られる。それぞれが葛藤しながらも行動を選択する群像ドラマとなっている。
 出演は『グレイテスト・ショーマン』で熱演を披露したヒュー・ジャックマンがゲイリー・ハートを演じ、『セッション』のJ・T・シモンズがハートの選挙運動を仕切る参謀役。『マイレージ、マイライフ』のヴェラ・ファミーガがハート夫人に扮して映画に奥行きを与える。加えてアルフレッド・モリーナ、モリー・イフラム、マムドゥ・アチーなど新旧演技派俳優が競演。素敵なアンサンブルをみせている。

 1988年、ゲイリー・ハートは民主党の大統領候補のフロントランナー(最有力候補)となっていた。
 政治を素直に語る天才であり、ハンサムな外見が希望を抱かせる。理想主義と新たな動きに未来を語る方針によって彼の勝利は目前のはずだった。
 ただ彼の私生活は妻以外の女性関係が噂されていた。多くのマスコミは深く追及しなかったが、マイアミ・ヘラルド紙は特ダネを掴む。
 その記事をめぐって、ハート本人と選挙キャンペーンの関係者、家族、そしてマスコミ関係者は直ちに対応を迫られる。記事に報道の王道にいるワシントン・ポスト紙は追従するのだろうか――。

 ゲイリー・ハートをはじめとして生存する当事者が多いなか、よく映像化できたと思う。ジェイソン・ライトマンの語り口は率直に事態の顛末を描き出してみせる。選挙戦の臨場感と関係者の思いをリアルに浮き彫りにし、その動きを見つめるマスコミの姿勢も明らかにする。
 実際、それまでの政治記者たちは政治家の能力は云々するが、政治家の私生活に対しては鷹揚だった。フランクリン・ルーズベルトには愛人がいたし、ジョン・F・ケネディの女性好きは有名な話。L・B・ジョンソンも多くの愛人がいたが、彼らは政治家としての力量を考え記事にするのは控えた。政治家としての資質があれば忖度するというのが当時の常識だった。
 ゲイリー・ハートも女性好きだったが、目をつぶってもらえるという気持ちでいたに違いない。だが、あまりに理想的な大統領候補であるために、清廉潔白を求められた。このあたりの葛藤はマイアミ・ヘラルド紙のスクープを前にして、葛藤するワシントン・ポスト紙記者たちの会話からも伺い知ることができる。
 この事件を契機にメディアは大きく変わった。これを肝に銘じなかったビル・クリントンが1998年にモニカ・ルインスキー事件を引き起こしたが、ヒラリー・クリントンの巧みな手綱さばきのもと弾劾裁判で罷免を免れたのは有名な話だ。メディアが新聞からテレビ、ネットで広がるなか、スキャンダル主義はすっかり定着していった。結果、ドナルド・トランプのようなスキャンダル慣れした厚顔無恥の大統領が生まれる結果となった。本作は現在の在り方を問いかけている。

 出演者ではゲイリー・ハートを演じたヒュー・ジャックマンが際立つ。現在も活動している政治家を説得力のある存在として見せながら、欠点をも有していることをにじませる。人間としての魅力あるキャラクターに仕立て上げた。もちろん、共演陣もそれぞれの立場からスキャンダルに携わる人々を過不足なく演じている。ジェイソン・ライトマンの演出のもとみごとなアンサンブルだ。

 ジェイソン・ライトマンは、次作は父の代表作『ゴーストバスターズ』に挑むらしい。どんな仕上がりになるか楽しみだ。まずは本作はお勧めである。