2014年に長編2作目『セッション』でみる者を圧倒せしめ、続く第3弾『ラ・ラ・ランド』ではアカデミー賞では13部門14ノミネートを果たし、監督賞、主演女優賞をはじめ6部門に輝いた。まこと監督デイミアン・チャゼルの目覚しい躍進ぶりには世界中が脱帽した。
『ラ・ラ・ランド』では洒脱な音楽センスと、過去の名作にオマージュを捧げ、ショービジネスを背景にした定番的なストーリー・パターンを用いながら、チャゼルらしさを映像に散りばめる。大学時代からの盟友ジャスティン・ハーウィッツの素敵な音楽と相まって、酔い心地満点世界を構築していた。聞けば、チャゼルとハーウィッツは卒業制作の第1作『Guy and Madeline on a Park Bench』から音楽映画三部作を構想していたという。それが成功裏に終わった後、チャゼルがどんな作品を生み出すか、楽しみでならなかった。
その期待に応えるかのように登場したのが本作である。しかもミュージカルではない、リアルな実話の映画化ときた。チャゼルが新たな方向性に一歩を踏み出したのだ。
原作となるのはジェイムズ・R・ハンセンの伝記「ファーストマン ニール・アームストロングの人生」。表に出たがらないアームストロングに辛抱強く接し、信頼を勝ち得たハンセンは映画化に対しても積極的に動いた。アームストロングが2012年に死去する前に、彼は映画化の許可を獲得している。
とはいえ、このプロジェクトが本格的に動いたのはデイミアン・チャゼルが監督の依頼を受けてからのことだ。チャゼルは脚本に『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』で知られるジョシュ・シンガーを指名。当時の未熟な宇宙技術のなかで、狂気と思えるミッションを成功させた男の軌跡を、チャゼルは克明に再現していく。
この企画にはスティーヴン・スピルバーグが製作総指揮で参画し、ジャスティン・ハーウィッツも音楽で名を連ねている。
出演は『ラ・ラ・ランド』に引き続きの参加となるライアン・ゴスリングがアームストロングを演じるのをはじめ、『蜘蛛の巣を払う女』のクレア・フォイ、『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェイソン・クラーク。さらに『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のカイル・チャンドラーや『アントマン』のコリー・ストール、『レッド・スパロー』などで個性を発揮する名優キアラン・ハインズまで実力派俳優が一堂に介している。
1961年、空軍のテストパイロット、ニール・アームストロングは重い病に罹った幼い娘の看護に懸命だったが、娘は死去。深い悲しみのなかで、彼はNASAのジェミニ計画の宇宙飛行士に応募する。
当時の宇宙計画はソ連が圧倒的に有利な状況にあった。常に後塵を拝しているNASAは焦りにも似た思いで、未だソ連も実現していない月への到達を目指していた。一員となったアームストロングは過酷な訓練に加わる。当時のテクノロジーのもと、訓練は想像を絶する厳しさだったが、宇宙飛行士メンバーたちの絆は深まった。だが、ソ連は宇宙における船外活動に成功を収める。
またも先を越されたNASAは訓練中に事故が頻発。アームストロングの友人も生命を落とし、彼も危機一発の事故を体験する。しかも訓練中に火災が発生し、乗組員3人が死亡。ことここに至って、NASAは非難を浴びるが、アポロ計画は存続が決まる。
アームストロングが機長になって1969年7月16日、アポロ11号は打ち上げに成功する。人類初の月面に向けたミッションがついに開始された――。
歴史的な事実としてこのミッションが成功することが分かっているのだが、克明な描写によって宇宙計画の杜撰さ、未熟さが明らかになるにつれて、宇宙飛行シーンには手に汗を握ることになる。今、考えると、これだけ危険な計画をよく実行したものだと思う。本作をみると、アームストロングの有名なことば「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」が、今さらながらに深く迫ってくる。
ある種ドキュメンタルな雰囲気は、宇宙シーンはIMAX65ミリカメラ、ドラマ部分は35ミリ、16ミリと巧みに使い分けた映像の賜物。あくまでもアームストロングの視点に徹したダイナミックな映像は最新の特撮技術のもとでリアルに迫ってくる。撮影は『ラ・ラ・ランド』でもチームを組んだ、スウェーデン出身のリヌス・サンドグレン。ここでは前作と打って変わって臨場感に富んだ映像でチャゼルをサポートしている。
さながらアメリカ宇宙開発1960年代史の趣のある本作だが、チャゼルは人間アームストングの精神的な軌跡を描き出す。愛娘の死によって心が凍りついた男が、アポロ計画を通して次第に人間的な感情を取り戻していくストーリーといえばいいか(クライマックスの月に降り立ったときの感動が愛娘の死の呪縛から解き離れたことを象徴している)。前作までで音楽映画の匠のイメージがついたチャゼルとしては、リアルなエピックドラマの貌を持ち、プライベートな感情に彩られた本作に魅力を感じたのだろう。決して派手ではないが、細やかな演出が施されていて、最後の最後まで惹きこまれる。
出演者ではアームストロング役のライアン・ゴスリングがみごとな存在感をみせている。石のような無表情を貫きながら、ふっと感情に突き動かされるあたりの巧みさは群を抜く。もともとアームストロング自身があまり表情豊かではなかったというが、ゴスリングが演じることによって、さらにクールな印象が高まった。
本作で別な貌を披露したデイミアン・チャゼルが次はどんな作品で勝負をかけるのか。楽しみに待ちつつ、まずは一見をお勧めする。