『母と暮らせば』は終戦70年の今年にふさわしい、心に沁みる母と息子の情のファンタジー!

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『母と暮らせば』
12月12日(土)より、全国ロードショー
配給:松竹
©2015「母と暮せば」製作委員会
公式サイト:http://hahatokuraseba.jp/

 

 現在も活動を続ける、日本映画を代表する匠と問われれば、山田洋次の名が即座に挙がる。1961年に『二階の他人』で監督デビューを果たして以来、『男はつらいよ』シリーズ、『家族』、『幸せの黄色いハンカチ』、『学校』シリーズ、『たそがれ清兵衛』など、枚挙に暇がないほどの秀作、名作を生み出してきた。近年も『母べえ』や『おとうと』、『東京家族』、『小さいおうち』といった細やかに情を綴った作品を世に問うて、健在ぶりを世に知らしめている。
 そうした山田監督が終戦70年にあたる今年に思いを込めて発表したのが本作である。作家・戯曲家として名高い故井上ひさしが、広島を舞台にした名作「父と暮らせば」と対をなす、長崎を舞台にした「母と暮らせば」という作品の企画を立てながら果たせなかったことを、山田監督は知り、井上ひさしと語り合うような気持で脚本を執筆した。
 もっとも井上ひさしが遺したのは題名と長崎を舞台にするということのみ。山田監督は原爆の資料を読みこみ、綿密なリサーチを施した上で脚本に向かったという。「父と暮らせば」は広島の原爆で死んだ父と生き残った娘という設定であることから、本作は長崎の原爆で死んだ息子と残された母親のストーリーに仕立てていった。山田監督は、山田監督のもとで長年、助監督を務め『小さいおうち』などで共同脚本に名を連ねる平松恵美子とともに脚本を構築していった。
 なにより、出演者に吉永小百合と嵐の二宮和也を起用したのが話題。これまで『母べえ』と『おとうと』で山田作品を経験した吉永小百合にとっては、本作が119本目の出演作となる。NHKのドラマ「夢千代日記」で原爆症に苦しむヒロインを演じたことから、原爆詩の朗読のボランティアを行なっている吉永にとっては挑み甲斐のある作品といえよう。
 また『硫黄島からの手紙』をはじめ数々の作品で演技力を称えられる二宮和也にとっては大ベテランの吉永小百合と初の競演。さらに『小さいおうち』の黒木華、『母べえ』の浅野忠信、さらに舞台中心に活動する加藤健一、子役の本田望結など多彩な顔ぶれが揃っている。

 第2次大戦の終結から3年、長崎の原爆で死んだはずの浩二が母の伸子の前に現れた。伸子は息子の死を諦めきれずにいたのだが、つい先日、墓前で諦めると決心したとたんに、浩二は幽霊となって現れたのだ。ふたりは楽しく思い出話に花を咲かせた。
 浩二の兄は南方で戦死し、伸子の夫もずいぶん前に病死していた。伸子は、浩二の恋人の町子が足繁く通う以外は、ひとりで暮らしていた。
 浩二の幽霊は折に触れて伸子を訪れるようになる。生きているときには話せなかったようなことも、今では屈託なく話すことができる。伸子は喜びを取りもどしていた。浩二の気がかりは町子のこと。伸子は町子も新しい恋人をみつけるべきだと浩二に諭すが、浩二は素直に頷くことができない。また、時々、闇の物資をもって伸子を訪ねてくる上海のおじさんに対しては、浩二は複雑な思い出で眺めている。おじさんが伸子に好意を寄せているのが分かるし、伸子もそれを十分に分かっているのだ。
 伸子と浩二の霊との逢瀬は永遠に続くかと思われた。しかし、あることを境に、浩二は現れなくなる。さらに町子が新しい恋人と現れたときには、あれほど物分かりがよかった伸子も冷静でいられなかった。浩二が死んで、町子が生きのびた運命を呪うばかりだ。
 やがて少しずつ身体が弱っていった伸子の前に、ひさしぶりに浩二が姿を現した――。

 みていて胸の熱くなるシーンがいくつもあり、母子の情のエンターテインメントとして出色。山田監督の細やかな演出のもと、母と息子の心の機微、どうしようもない哀しみに包まれた切ない心情が画面にくっきりと焼きつけられている。
 霊と人間の交流というファンタジックな設定でCGなども使われるのだが、懸命に日々を生きる市井の人々の姿がきっちりと紡がれているから、いささかの違和感も抱かせない。主人公ふたりの思いはもちろんのこと、挿入されるエピソードのひとつひとつに、原子爆弾投下という非情な方法で数多くの無辜な人々が生命を奪われたことの悲しみや怒りが浮かび上がってくる。知人、友人、家族、恋人が原子爆弾によって一瞬にして不条理に消え去る、あるいは重篤な状況に陥る。営々と培ってきた生活が地獄の阿鼻叫喚に変わってしまったのだ。  それでも時とともに人間は生き続けなければならない。
 地獄をもたらす戦争は二度と繰り返してはならない。原子爆弾で味わった苦しみを決して忘れてはいけない。山田監督はこのメッセージを決して声高にではなく、ユーモアも交えた、母と子のさりげない絆のなかに浮き彫りにしていく。この手法が戦後70年の今年に本作を生み出した所以だろうし、井上ひさしの思いを継ごうとする姿勢は十分に感じることができる。

 出演者では吉永小百合がいい。『母べえ』や『おとうと』に限らず、近年は慎ましく生きる女性像を演じてきた彼女は、ここでも戦争にすべてを奪われても健気に日々を送る母親をみごとに体現してみせる。若い頃の聡明で品行方正なイメージに抗った時期もあったが、本作ではすべてを包み込んだ自然体の存在感をみせてくれる。生活に追われた日々を送るなかで、ふと上海のおじさんに垣間見せる色香をふくめ、決して若くない女性の生身の魅力に溢れている。昨年の『不思議な岬の物語』では今ひとつ魅力が発揮されていなかっただけに、ここでの演技を称えたくなる。
 山田監督の指導のもとで、息子を演じる二宮和也の演技は爽やかで好もしく、印象的だ。喜怒哀楽を乗り越えた幽霊なのに、現世に思いを残している風情をみごとに表現している。また浩二の恋人を演じた黒木華の健気さも心に残るし、おじさん役の加藤健一は胡散臭さと人間味をあわせもった雰囲気を漂わせて画面をさらっている。また、エピソードのひとつに登場する本田望結の演技の達者なことに、今さらながら驚かされる。

 音楽を担当したのは坂本龍一。『男はつらいよ』シリーズのファンでもあった坂本にとっては初めての山田作品となる。優しさと哀しさに彩られた、情のファンタジー。日本人ならみておきたい作品だ。