『碁盤斬り』は、個性派監督・白石和彌が草彅剛主演で挑んだ初の時代劇!

『碁盤斬り』
5月17日(金)より、TOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ日比谷、新宿バルト9ほか全国公開
配給:キノフィルムズ
©2024「碁盤斬り」製作委員会
公式サイト:https://gobangiri-movie.com

 アメリカ映画をはじめとする洋画が配信に舵を切ったせいか、プロモーションの変化とともに興業はパワーを失い、一方で日本映画の数は増え続けている。作品の増加とともに内容も多様化し、個性に富んだ監督たちも活躍の場を得ている。

 なかでも、2013年に『兇悪』で大きな注目を浴び、『日本で一番悪い奴ら』や『彼女がその名を知らない鳥たち』、さらに『孤狼の血』2作、『凪待ち』に『死刑にいたる病』など、力のこもった作品を次々と送り出してきた白石和彌監督は際立った活動ぶり。どんなジャンルの作品にも個性を焼きつけている。

 その彼が初めて時代劇に挑んだのが本作である。古典落語の人情噺「柳田格之進」をもとにしたストーリーで、『雪に願うこと』や『凪待ち』で知られる加藤正人が脚本を担当した。さまざまな作品を手がけてきた脚本家ながら、本作には白石監督、プロデューサーを交えて、3年半の改訂を経て練り上げられた。時間と手間暇をかけて完成した作品。加藤正人自身、代表作であると言い切っている。

 しかも主演には『ミッドナイトスワン』で演技力を絶賛された草彅剛が起用されている。今、役柄にもっとも存在感を発揮できる人選を得て、作品に厚みが生まれたことは言うまでもない。実直で誠実な耐える男にはまさにピッタリのキャスティングである。

 さらに共演陣も『青春18×2 君へと続く道』でヒロインを演じた清原果那をはじめ、豪華な顔ぶれが揃えられている。中山大志、奥野瑛太、音尾琢真、市村正親、斎藤工、小泉今日子など多彩な人選。そして日本映画に限らず海外作品でも唯一無二の個性と演技力で活躍する國村隼までみごとなアンサンブルを奏でている。

 彦根藩に仕えていた柳田格之進は、身に覚えのない罪の咎を受け、妻も喪って、故郷を追われ、娘のお絹とふたり、江戸の貧乏長屋で暮らしていた。

 実直な人柄で、囲碁の腕前は一流。清貧さに甘んじ、貧しいながら、お絹と誠実な毎日を送っている。父娘の真っすぐな性格を知って、大店の萬屋源兵衛や女郎屋のお庚などが好もしく接してくれるが、ある日、旧知の藩士と出会ったことで、ふたりの気持ちが一変する。

 冤罪事件の真相を知らされた格之進とお絹は、怒りに燃えて復讐を決意する。お絹は仇討ち決行のために、自らが犠牲になる道を選ぶのだが、事態を収拾するためには幾多の苦難が待ち受けていた――。

 しっとりとした江戸情緒がいい。貧しいながらも庶民たちが肩寄せあう長屋で暮らし、囲碁には際立った腕を発揮する浪人と娘の日々が細やかに描写される。囲碁によって大店の主人との知己を得て、つながっていく情の絆。どこまでも穏やかに、優しく日常が紡がれていく。白石監督はアクの強い描写を抑え、時代劇の世界、人情を細やかに浮かび上がらせる。後半、仇討ちに燃える格之進の憤怒に燃える行動ぶりに、監督のアクが発揮される。クライマックスの対決シーンの迫力は目を見張るものがある。

 やはり落語の外題から映画化しただけあって、むしろ人情の機微が色濃く反映されている。父娘の情愛、庶民の機微が栄三に滲み出て、見ていて心に沁みる。これまでの白石作品とは一味違う仕上がりである。

 出演陣もいい。清廉潔白な浪人を草彅剛が好演すれば、清原果那も健気な娘をさらりと演じている。やはり傑出すべきは大店の旦那役の國村隼の巧みな演技と味わい。お庚役の小泉今日子の迫力と気風の良さも惚れ惚れするものがある。加えて仇役になった斎藤工の凄味も特筆に値する。ここでリベンジ・エンタテインメントと謳う意味も出てきた。

 ひさしぶりに時代劇の世界を楽しむことができた。一見をお勧めしたい作品である。