『関心領域』は真の恐怖に慄然とさせられる、ホロコーストをテーマにした静かな人間ドラマ。

『関心領域』
5月24日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.
公式サイト:https://happinet-phantom.com/thezoneofinterest/

 第76回カンヌ国際映画祭でもグランプリを手中に収め、第96回アカデミー賞国際長編映画賞に輝いた本作は、改めて人間という存在を考えさせられる。仮借なく捉えた点で突出した作品である。ここまで静かに、徹底的に恐怖を極めた作品も珍しい。深く考え込ませる仕上がりだ。

 原作はイギリスの若者に絶大な支持を集めながら、2023年にこの世を去ったマーティン・エイミス。彼が2014年に発表した小説を基にして、ジョナサン・グレイザーが脚色、監督も務めた。これまでレディオヘッドやジャミロクワイのミュージック・ヴィデオを手がけ、『セクシー・ビースト』で長編監督デビューを果たしてからも変わらず音楽と映画の両方で活動。本作は『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』以来、10年ぶりの監督作となるわけだが、つくづく作品に込められた細かな神経、配慮に驚かされる

 映画は素晴らしく手入れの行き届いた庭を映し出す。空は青く、誰もが笑顔で、子供たちの楽しげな声が聴こえてくる。5人の子供を持つ母親は自分の理想とする家庭を持てたことに満足し、より豊かな生活を望んでいる。和やかで長閑な日常が描かれていくが、ストーリーの展開とともに、少しずつ背景が明らかになっていく。

 時代が1943年であり、夫はナチス・ドイツの軍服に身を包んでいた。さらにこの天国のような家と庭はユダヤ人が狩り集められ、死に追いやられた収容所のあるアウシュヴィッツにあることが、日常の描写のなかで小出しにされる。何の予備知識も持たずに作品をみると、監督のしたたかな戦略にぐいぐいと引き込まれていくのだ。

 戦時下における人々の生活の実相が明らかになってくるが、アウシュヴィッツ収容所の描写は一切ない。高い壁に隔てられているだけで、こちらは花が咲き乱れ、笑い声に満ちている。だが、壁の向こうは決して描かれることがない。

 煙突から黒い煙が立ち上り、時々、銃声、叫び声が聞こえてくるだけだ。この家の住人が収容所の所長であるルドルフ・ヘスであることが明らかになる。彼はこの地を去ることを望んでいるが、妻のヘートヴィヒは理想とする家を失いたくない。家長としては妻の望む生活を与えたいと考えているが、仕事を遂行することの我慢も限界に来ている。

 ホームドラマのような体裁で語られながら、次第に無関心の底知れぬ恐怖に慄然とさせられる。これまでのアウシュヴィッツを題材にした作品は、アラン・レネのドキュメンタリー『夜と霧』をはじめ、ユダヤ人の悲惨な体験を克明に映像化してきた。思わず目を背けたくなるような悲惨なシーンも少なくなかったが、グレイザーは正反対のアプローチをする。

 本作には悲惨なシーンは登場しないが、僅かに聞こえる悲鳴、異音が耳を奪う。音で想像させる趣向だ。アカデミー賞で音響賞を獲得したのも納得がいく。ここまで綿密に練り込んだ構成には圧倒されるばかりだ。

 この難役に挑んだ出演者たちも素晴らしい。ヘスを演じたのは『白いリボン』のクリスティアン・フリーデル、さらにその妻は『落下の解剖学』で絶賛されたザンドラ・ヒュラーが演じている。彼らの演技力に拍手を贈りたくなる。

 自分が組織の歯車だと片づけ、世界に対して無関心となったとき、知らぬうちに加害者となる危険が待ち受けている。パレスチナでの戦いを含め、本作のメッセージを心に留めたいと思う。