『セッション』は圧巻のラストにひたすら拍手したくなる、スリリングな音楽ドラマ。

サブ1(軽)
『セッション』
4月17日(金)より、TOHOシネマズ 新宿ほか、全国順次ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©2013 WHIPLASH, LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:http://session.gaga.ne.jp/

 

 サンダンス映画祭では観客賞とグランプリをダブル受賞し、ゴールデン・グローブ賞では助演男優賞に輝く。アカデミー賞においては作品・助演男優・脚色・編集・音響(調整)の5部門にノミネート、J・K・シモンズの助演男優賞と編集賞、音響(調整)賞を手中に収めた“戦い”の音楽ドラマである。
 ジャズプレイヤーを目指す学生と、彼らを罵倒し尽くすことで完璧さを求める鬼教師との葛藤のドラマ――こう書くと、定番の感動の人間ドラマを想像するかもしれないが、脚本・監督のデイミアン・チャゼルは最後まで予断を許さないサスペンスに仕立ててみせた。
 チャゼル自身、高校時代にドラマーとして活動した時期があり、指導に当たった教師の厳しい罵倒は悪夢に登場するほどのトラウマとなったという。そうした記憶をもとに書き上げた脚本は『マイレージ、マイライフ』などで知られるジェイソン・ライトマンが製作総指揮を引き受けたことで映像化が実現した。とはいえ、あまりに斬新な設定のため、製作費が集まらず、まず短編映画で内容を把握させて出資を募るという手段が採られた。この短編がサンダンス映画祭でアメリカ短編映画審査員賞を獲得したことで製作費を調達できるようになったという。
 チャゼルは、2009年に『Guy and Madeline on a Park Bench』(日本未公開・ミュージカルという)で監督デビューしたが、日本では『グランドピアノ 狙われた黒鍵』や『ラスト・エクソシズム2 悪魔の寵愛』の脚本家という認識しかなかった。本作のサスペンスを盛り上げながら疾走する語り口、音楽に対する理解の深さは特筆に値する。1985年1月19日生まれというから、今年、30歳。楽しみな監督が出てきたものだ。
 出演は『ダイバージェント』マイルズ・テイラーに、『JUNO/ジュノ』をはじめライトマン作品によく顔を出すJ・K・シモンズ。原題にもなっているジャズの名曲「WHIPLASH」や、デューク・エリントンの「キャラバン」が挿入され、作品の興趣をさらに高めている。

 高校時代から才能を注目され、バディ・リッチのような偉大なドラマ―になるという夢を抱いて、ニーマンは名門シェイファー音楽院に入学する。学院の名指導者フレッチャーの目に止まり、彼のスタジオ・バンドに入るように命じられる。
 有頂天のニーマンだったが、練習に入るや、彼のプライドはずたずたになる。セッションに完璧を求めるフレッチャーは、バンドメンバーの目の前で彼を罵倒し、椅子を投げつけ、びんたでニーマンのテンポを矯正した。
 ニーマンは屈辱感に苛まれながら、懸命にドラムの特訓に励む。そのためには知り合ったばかりの女子大生に一方的に別れを宣言。ひたすら精進するが、フレッチャーは彼を嬲るように、補欠の地位しか与えない。
 楽譜めくりの扱いだったニーマンは、メインドラマーの楽譜を失くしてしまう。楽譜がなければ演奏できないメインドラマーに代わって、暗譜しているニーマンが代役を務め「WHIPLASH」をみごとに演奏。メインドラマーの座を掴んだかにみえた。
 だがフレッチャーは、新たなメインドラマー候補を連れてくる。激しい争奪戦の結果、ニーマンはメインドラマーを獲得するが、思わぬ事態が彼を待ち受けていた。
 フレッチャーとニーマンの狂気のバトルは圧巻のクライマックスを迎える――。

 通常のドラマであれば、教師が心を鬼にして学生の能力を引き出していることを生徒が悟ることになる。だが、本作ではそうはならない。製作総指揮のライトマンが「この作品は音楽院を舞台にした『フルメタルジャケット』だ」とコメントしたごとく、フレッチャーは生徒を人間扱いすることなく、ひたすら完璧なサウンドを要求する。一種のサディストに設定したことが本作のオリジナリティのあるところだ。
 本作は、すばらしい音楽を奏でるからといって必ずしも人間的にいい人とは限らない、というこの当たり前の事実を再認識させる。逆にいえば、軽蔑すべき性格の人間であっても、素晴らしい演奏を奏でる瞬間は尊敬できることでもある。
 チャゼルの演出はフレッチャーを恐怖キャラクターに設定することで、ぐいぐいテンションを上げていく。生徒たちの緊張が見る者に伝播してサスペンスが高まっていくのだ。
 と同時に、演出的にもニーマンを追いこむ。一途にドラマーの道を求めるニーマンはフレッチャーという存在によって追い込まれ、狂気の寸前にまで追い詰められる。その反面、ドラマーとしての技量は飛躍的に向上したともいえる。その事実があるからこそ、詳細は見てのお楽しみながら、ラスト9分19秒の衝撃と興奮があるのだ。この幕切れは近年まれにみる迫力、臨場感と痛快さを堪能させてくれる。
 チャゼルは単純な予定調和ではなく、音楽を好きな人間なら大きく頷くラストを用意してくれる。これは、まさしく音楽のバトルを描ききったサスペンスドラマだ。チャゼルは音楽のキャリアを活かしたストーリーづくりに専念している印象だが、次にどんな作品をみせてくれるのか、楽しみでならない。

 出演者ではテイラーが追い込まれて常軌を逸していくニーマンを熱演。とりわけドラミングに関してはチャゼル自身が特訓にあたり、徹底的に鍛えあげたという。映像上でみごとな演奏を披露できるまでの成果を挙げたのだから大したものだ。生真面目でストイックそうな容姿はキャラクターにぴったりとはまっている。
 もちろん、アカデミー助演男優賞に輝いたシモンズを抜きにして本作は語れない。どちらかといえば、気のいい中年男役が多いのだが、ここでは、完璧な音楽を求めるという旗印のもと、人を苛め尽くし、屈服させるキャラクターを怪演。作品のサスペンスをひとりで担ってみせる。作品をみれば、彼の数々の受賞も納得である。

 ストーリーにジャズ・ファンは複雑な気持ちになるかもしれないが、ラストに間違いなく感涙、拍手するはず。細かくはいえないが、この一矢の報い方が最高だ。一見に値する。