筒井修氏は1984年に映画界に身を投じて以来、主にプロモーションの立場から香港映画の栄枯盛衰を見てきた。香港映画を広く知らしめた先達、飯田格氏に師事して知識を吸収するとともに、その跡を継いで今や“香港映画の導師”的存在となっている。
筒井氏に香港映画の現状とともに、筒井氏自身が配給する2本の作品について聞いた。
――最近の香港映画の傾向というところから、話をはじめましょうか。
筒井 現在の香港映画界は中国本土の資本が大きく入り、この十年間は、脚本に関しても一応、当局の検閲を受けるなど、どうしても影響を受けやすくなっています。今回公開する『レクエイム 最後の銃弾』に関しては、本土出資はあるけれど、わりと好き勝手に撮っている印象です。監督のベニー・チャンはジョニー・トー一派ですが、「商業映画を手がける」と公言している人で、この作品に関しては“1980年代の警察映画”のような世界を目指してつくりあげたものです。
――香港映画がいちばん元気だった頃、香港ノワールと呼ばれた作品群ですね。
筒井 ええ、たとえば『男たちの挽歌』のような作品ですね。中身をみてみると、時代に逆行しているという言い方は適切ではないけれど、ある意味“デジタルではない”脚本です。主人公3人の友情、裏切り、葛藤を軸に最後は殴りこみという、1960年代の東映任侠映画をほうふつとするヒロイズムに貫かれている。このあたりが“1980年代香港映画”的で、なおかつアクションも派手だし、最後まで力づくで押し切ろうとする“熱”みたいなものを感じさせる。ひさびさに見る者の胸を熱くさせる作品になっています。
――確かに、最近の香港映画はジョニー・トー作品以外、そうした“熱”を感じさせる作品はめっきり少なくなりました。
筒井 最近の香港映画の多くが、中国本土におもねるあまり、香港では当たらないという奇妙な現象が生まれていることです。この映画に関しては香港でヒットを記録しました。続いて公開する『ファイアー・レスキュー』も、香港を舞台にした豪華な顔ぶれのパニック映画で、メディア・アジアとエンペラーという二大映画会社が協力して製作したことが特筆すべき点です。監督のデレク・クォックは若手の注目株で、高い評価を受けた『燃えよ!じじいドラゴン 龍虎激闘』(2010 2013年日本公開)でも分かるように、自分が見てきたかつての香港映画をリスペクトした作風で知られています。この作品に関しては大作なので、正攻法に演出していますが、それでも本土に対する皮肉をふくめて、ちゃんとした香港映画に仕上げている。この2本は香港映画の原点回帰を感じさせますね。面白い作品をまたつくってくれそうな予感がします。
――なるほど。その前に中国本土におもねって、つまらなくなった理由とは何だったのでしょうか。
筒井 どうしても規制が入りますからね。例を挙げればジャッキー・チェン主演の『新宿インシデント』(2009)は中国本土では公開されませんでした。主人公が日本に密入国するという設定自体が認められませんから。基本的には勧善懲悪。映倫のような機関がない中国本土だから、なおさら製作時に締めつけを厳しくする必要があるわけです。
――エッジとは無縁な、アメリカ映画的な敷居の低いエンターテインメントを求められたということですか。
筒井 でも、香港映画人はビジネスとして中国本土になびいたのですが、この10年の間に、本土の映画人が「ドラえもん」のジャイアンみたいに“我が強い”ことに気づいたようです。今や、あのしたたかな香港映画人が本土の唯我独尊的主張に辟易としています。あの他人からは流されないジョニー・トーも『ドラッグ・ウォー 毒戦』(2012 2014年日本公開)で本土の映画人と仕事をして、ぎりぎりのところで妥協している感じがします。本当はもっと題材を突っ込みたかったはずです。
――中国本土離れではないが、香港映画界が香港らしさを取り戻したのでしょうか。
筒井 やはり政治的状況が大きく影響していると思いますね。今、香港では、中国が押し付けた選挙制度に対する反発が強まっています。親中派以外は事実上立候補できない選挙制度改革に揺れているのです。考えてみれば1980年代、1990年代の香港映画が面白かった理由は、娯楽映画であっても、作品の根底に“中国本土返還の思い”が込められていたからでしょう。今回の原点回帰の方向性は、今の政治状況に敏感に反応しているのだと思います。
――なるほど。
筒井 『レクイエム 最後の銃弾』で主人公3人が、平和な子供時代のテレビドラマの話を印象的に話し合うシーンがあります。あの時代に対するノスタルジーに香港の観客は大きく反応したといいますから、この回帰の気分は継がれると思います。今は台湾映画が好調で、中国本土映画人が注目しています。香港は金融都市でもありますから、香港人は金の流れには敏感です。台湾映画界の動きは香港にも影響します。
――原点回帰の香港映画界の今後の問題点は何でしょうか。
筒井 ずばり、若手のスター、映画人があまり育っていないことでしょう。エディ・ポン以外には注目すべき存在がいません。未だにアンディ・ラウがトップを独走している状況は少し危機感を覚えてもいいと思いますよ。さらに香港映画のお家芸、アクションの面でも問題があります。今の若者たちが縁の下の力持ち的なスタントをやりたがらない。またドニー・イェン以降で武術指導ができる人材もいません。映画愛もさることながら、好んで危ないことはしたくないというわけです。CGもありますからね。スタントが確かに金銭的にも恵まれないのは事実ですから、映画界が待遇改善するなどして、香港映画の“売り”を失くさないようにしてほしいものです。
さまざまな問題を内包しつつも、筒井氏は香港映画を応援し続けると結んだ。今後も、ことあるごとに取材に応じてくれるとのこと。また近いうちに登場してもらうこととしよう。まずは筒井氏推薦の『レクエイム 最後の銃弾』と『ファイアー・レスキュー』には注目されたい。