『ジャージー・ボーイズ』は、クリント・イーストウッドの演出に耽溺できるブロードウェイ・ミュージカル映像化!

JERSEY BOYS
『ジャージー・ボーイズ』
9月27日(土)より、新宿ピカデリー・丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC ENTERTAINMENT
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/jerseyboys/

 

 クリント・イーストウッドの新作をみるたびに、同じ時代を生きている喜びに包まれる。1930年生まれというから、もう84歳になったのか。『恐怖のメロディ』の昔から、『許されざる者』や『ミスティック・リバー』、『ミリオンダラーズ・ベイビー』などなど、生み出した傑作が証明するごとく、ウエスタン、アクション、人間ドラマに限らず、どんなジャンル、内容であろうとも、彼の手にかかると素敵な映画に錬金される。その確かな演出力にはいつも脱帽するのみである。
 本作は2012年にひさびさの主演作『人生の特等席』があったせいか、2011年の『J・エドガー』以来、3年ぶりの監督作ということになる。イーストウッドがつくる音楽映画を見たいとの思いから、当初は『スター誕生』のリメイクに挑むというニュースに歓喜したのだが、ビョンセが降板するなど製作に難航。がっかりしていたところに本作の製作の報を受けた。『スター誕生』と同じくショービジネスのサクセス・ストーリーで、こちらは男性グループ間の葛藤がメイン。こちらの方がむしろイーストウッドにふさわしい。
 本作の原作は2005年に初演された同名ブロードウェイ・ミュージカル。トニー賞ミュージカル部門で最優秀作品賞をはじめ4部門に輝いている。描かれるのは、1960年代に活動した実在のグループ、ザ・フォー・シーズンズの軌跡。年齢を重ねた人たちには「シェリー」や「恋はヤセがまん」、あるいは数多くのアーティストが取り上げた名曲「君の瞳に恋してる」などのヒット曲で、このグループにはなじみがあるはず。リードヴォーカルのフランキー・ヴァリの印象的なファルセット・ヴォイスが忘れ難い。ビートルズ登場以前のポップミュージック界で一世を風靡した存在だ。
 舞台版のミュージカルはザ・フォー・シーズンズのオリジナル・メンバー、ボブ・ゴーディオと、彼らのプロデューサーだったボブ・クルーが製作したもので、彼らの楽曲を使って彼ら自身の軌跡を描いている。脚本を書いたのは『フォー・ザ・ボーイズ』や『マンハッタン殺人ミステリー』を手がけたマーシャル・ブリックマンと俳優でもあるリック・エリス。そのままふたりが映画版でも起用されている。
 主要キャラクターを演じるのはジョン・ロイド・ヤング、エリック・バーゲン、マイケル・ロメンダなど、いずれも舞台版で評判となった俳優たち。これにテレビシリーズ「ボードウォーク・エンパイア 欲望の街」で注目されたヴィンセント・ピアッツァ。さらに『ミッドナイト・ガイズ』をはじめ最近も健在ぶりを発揮しているクリストファー・ウォーケンも顔を出す。
 イーストウッドは時代の空気をさりげなく再現しつつ、ひとつのグループの成功と挫折の軌跡を過不足なく描き出してみせる。画面に漲る“音楽する”楽しさに快哉を叫びたくなる。これぞ2014年屈指の傑作である。

 イタリア移民が多く住むニュージャージー州ベルヴィル。理髪店の見習いとして働くフランキーは誰にも負けない美声の持ち主だったが、歌で生計を立てる術は何ひとつ知らなかった。
 フランキーの悪友のトミーはバンド活動の裏で、バンドメンバーのニックと犯罪にも手を染めていたが、ある晩、フランキーを歌わせたところ、好評だったのでメンバーに引き入れる。
 さらにフランキーの美声に惹かれた、作曲の才能のあるボブがメンバーに入る。4人はザ・フォー・シーズンズを名乗り、バックコーラスからやがて「シェリー」の大ヒットに至る。
 だが人気が出ると、メンバーに葛藤が生まれる。フランキーとボブのなかのいいことにリーダーであるトミーが嫉妬し、さらにトミーが悪いスジから金を借りていることが露見。フランキーたちはマフィアのボスの力を借りねばならなくなる。
 その時点でグループは実質的に崩壊していたのだが、フランキーの身には、さらに試練が降りかかる――。

 全編、一度は聞いたことのあるようなザ・フォー・シーズンズの名曲に彩られていて、楽しいことこの上ない。ストーリー自体は、音楽グループが直面しがちな試練を紡いでいる。取り立ててこのグループが他を圧する波乱万丈の軌跡を辿るわけではない。
 ミュージカルでキャラクターが観客に向かって語りかける手法が、映画でも取り入れられている。ザ・フォー・シーズンズの面々がカメラに向かって語りかけることで、ストーリーが展開していくのだ。ギャングになるか、ブルーカラーになるかの選択肢しかなかったニュージャージーのイタリア系の青年たちが、ショービジネスの世界で成功したことでどんな人生を歩むことになるか。イーストウッドは過不足なく紡いでみせる。
 もう少し若い時にこの題材を選んでいたら、少しは描き方が変わったかもしれないが、彼らの軌跡をみつめるイーストウッドの眼差しはどこか達観しているかのように思える。さまざまな不幸や試練が起きて右往左往するのも“人のあはれ”。諦観にも似た思いが映像から立ち上がっている気がする。
 なによりも、イーストウッドがここで注力しているのは“音楽の喜び”だ。演奏シーンになると、監督自身が心から楽しんでいる。ジャズに造詣が深く、音楽を映像にすることに長けた存在ゆえに、“歌う”という表現の微妙な綾までくっきりと焼きつけている。クライマックスは試練を乗り越えてフランキーが絶唱する「君の瞳に恋してる」。ここは曲調にあわせてストレートに感動を盛り上げている。
嬉しいのは映画の最後に用意されたカーテンコールのフィナーレだ。ここでは歌って、踊って、ミュージカルならではの趣向が織り込まれている。このシーンの楽しさは格別。思わず胸が熱くなるほどだ。
 イーストウッドがこれから何本の作品を送り出してくれるかは、神のみが知っているわけだが、ここでミュージカルを手がけてくれてよかったと、心から思う。

 出演者はフランキー・ヴァリを演じたロイド・ヤング、ボブ・ゴーディオ役のバーゲン、ニック・マッシ役のロメンダはステージで同じ役を演じているだけあって手堅い印象。トミー・デヴィート役は弾けたキャラクターだけに、あえて華のある俳優ピアッツァを起用した感じか。さらにマフィアの温情ボス役にウォーケンを起用したのも嬉しかった。ウォーケンの軽やかな演技は素敵な味わいを画面にもたらしている。

 これがイーストウッドの33本目の監督作品だが、すでに次作『アメリカン・スナイパー』の公開が今年12月に決まっている。
イーストウッドの健康、創作意欲の衰えぬことを祈りながら、少しでも多くの作品を生みだしてくれることを願ってやまない。この作品は、もちろん、必見といっておきたい。