『青春』は中国のドキュメンタリーの匠、ワン・ビンが描く、長江下流域浙江省の工場の青春群像。

『青春』
4月20日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
配給:ムヴィオラ
© 2023 Gladys Glover – House on Fire – CS Production – ARTE France Cinéma – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing
公式サイト:https://moviola.jp/seishun/

 山形国際ドキュメンタリー映画祭は1989年から現在に至るまで隔年で開催され、多くのドキュメンタリーの映画人を紹介してきた。フレデリック・ワイズマンやロバート・クレイマー、エロール・モリス、ジョン・ジョストなどの匠たちを、映画祭を通して知り、その作品に触れることができた。

 なかでも際立ったのはワン・ビンである。山形国際ドキュメンタリー映画祭のインターナショナル・コンペティション部門で3度の最高賞に輝くという快挙を成し遂げたことでも、いかに注目されているかが分かる。

 まず2003年に9時間余の長編ドキュメンタリー、『鉄西区』を発表。中国東北地区、瀋陽の工業地域に焦点を当て、圧倒的な構成力で変遷を浮き彫りにした。工場、街、鉄路の三部構成でグイグイと惹きこむ映像の力。最高賞を獲得し、たちまちウォン・ビンという存在が多くの人々の心に刻み込まれた。

 2007年には『鳳鳴(フォン・ミン)-中国の記憶』を山形に出品。政府の意にそぐわぬ記事を書いたために、右派分子のレッテルを貼られ苦難の日々を送らねばならなかったジャーナリスト夫婦の軌跡を、本人がカメラに向かって語り尽す映像スタイルで生み出した。前作と異なるスタイルで3時間余。この作品もまた山形の最高賞に輝いたことはいうまでもない。

 以降、ワン・ビンの作品は一般劇場でも公開されるようになった。彼の作品の題材は中国各地に及び、ドキュメンタリーばかりかドラマにまで手法を広げた。彼の存在はさらに知名度を増すことになる。

 そして2019年、山形に出品した『死霊魂』(製作年は2018年)が3度目の最高賞を獲得することになった。ここでも毛沢東による“反右派闘争”が招いた凄惨な悲劇の全貌を、地獄を生き延びた人々の証言を通して明らかにしている。これもまた8時間を超える上映時間の力作。有無を言わさぬ仕上がりだった。

 本作はワン・ビンの2023年作品となる。中国各地に題材を求める彼が、本作では上海を中心に広がる「長江デルタ地域」にカメラを向けた。2016年に発表した『苦い銭』でも取り上げた、浙江省湖州の衣料品工場にカメラを持ち込み、さまざまな地域から出稼ぎにきた従業員、そしてあくせくと働き続ける経営者たちにカメラを向け続ける。彼らがカメラになれて、日常の会話や行動をとるようになったとき、多くのドラマが構築されていく。

 従業員の殆どが若い盛りの男女ばかりなので、恋の駆け引きもあれば恋愛、妊娠なんて事態も生まれる。全員がスマートフォンをもち作業に従事する姿は、まことに今様だが、結局のところ、金と色恋に燃えるという青春の変わらぬパターンが綴られる。ワン・ビンは従業員それぞれのことばを救い上げながら、彼らの夢と現実を焼きつけている。

 圧倒的に厳しい労働環境のなかで、各地から出稼ぎにきた若者たち。他愛のない会話や労働のなかで、彼らの活き活きとした姿が焼きつけられる。膨大な数の登場人物がそれぞれの人生を語る。まこと、映像に惹きこまれるばかりだ。

 ワン・ビンは膨大な時間の映像を三部作にまとめたい意向があるらしく、本作は第一部にあたるらしい。次なる仕上がりが楽しみだ。