『プリシラ』はソフィア・コッポラの個性に貫かれた、愛らしいリアル・ラブストーリー。

『プリシラ』
4月12日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
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公式サイト:https://gaga.ne.jp/priscilla/

 世襲と思われるほど、近年では映画界でも有名人の息子、娘世代の活動が目立つ。女性でもっとも有名な存在といえば、ここで紹介するソフィア・コッポラということになるか。

 父親が『ゴッドファーザー』三部作や『地獄の黙示廊』でアメリカ映画界に名を馳せたフランシス・フォード・コッポラ。ソフィア自身は幼い頃から映画づくりに近い環境にあったが、彼女自身はまずファッションに目が向いた。自分でレーベルを設立するなどしたが、父に映画界に戻され、まず女優として『ゴッドファーザーPart III』のヒロインに起用される。ただ俳優業はそれほどピッタリこなかったらしく、監督に転進。『ヴァージン・スーサイズ』でデビューを果たした。その名を一気に高めたのは続く2003年の『ロスト・イン・トランスレーション』で、彼女はアカデミー賞のオリジナル脚本賞を受賞し、監督賞にもノミネートされた。

 2006年にはフランス政府の協力の下、実際にヴェルサイユ宮殿で撮影された『マリー・アントワネット』を手がけた。2010年には『SOMEWHERE』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞、2017年の『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』ではカンヌ国際映画賞で監督賞を手中に収めるなど、着実な歩みをみせている。

 本作はそうしたソフィアにとって格好の題材といえる。題材に選んだのは20世紀のスーパースター、エルヴィス・プレスリーと結ばれたプリシラ・プレスリーの軌跡だ。

 プリシラのことはエルヴィスの妻と知られていたが、その実像についてはあまり描かれてこなかった。ソフィアが興味を魅かれたのは、エルヴィスの特殊な世界に引き込まれたプリシラの視点からみつめること。そこには普通の生活から隔離された彼女の心情、当時の男性社会的な価値観が浮かび上がってくる。プリシラの孤独な生活に耐え抜き、やがて自立までの道のりが綴られる。プリシラの回想録を読み、ソフィア自身が脚本化した。

 軍人の父親の転属で西ドイツに住むことになった14歳のプリシラは寂しさを抱えていた。おりしも兵役で西ドイツに配属されていたエルヴィスと出会った。

 エルヴィスは両親に礼儀正しく接し、正式にデートに誘う。無垢なプリシラに対して、エルヴィスは節度を守った。恋に落ちたプリシラだったが、兵役は終わり、エルヴィスは去っていった。

 2年後、エルヴィスから連絡があり、メンフィスにあるエルヴィスの大邸宅グレースランドに迎え入れられる。その訪問がきっかけになって、エルヴィスは彼女の両親を説得。プリシラも嫌なら出ていくと声を揃えて、グレースランドから名門女子高に転校させるという名目でグレースランドの一員となる。

 グレースランドの生活は彼女に大きな衝撃をもたらした。常識とかけ離れたショービジネスの世界でスターになった男は、優しいが、わがままだった。初夜まで彼女に触れぬほど大切に扱ったが、男性優位的な考えの持ち主だった。プリシラは次第に、グレースランドのまやかしの生活に孤独感を募らせていく――。

 無垢な少女が常識の通用しない世界に放り込まれ、衝撃と哀しみとともに成長していく。その姿をソフィア・コッポラは繊細に描き出す。実在の人物だけに配慮が必要だったろうが、あくまでもプリシラ側の視点で終始してみせる(プリシラは製作総指揮にクレジットされている)。

 エルヴィスもスポイルされてはいるが、決して不愉快なキャラクターにしてはいない。20世紀の社会で生きた男の常識のもとで行動した男を、悲哀を込めて浮かび上がらせる。基本はプリシラのラヴストーリーで結実させている。

 ガーリーでファッションも抜群、1960年代から70年代のシャネル、ヴァレンティノの衣装を結集し、グレースランドなどの美術も完璧に再現している。音楽はフランスのインディーズ・ロックバンド、フェニックスを起用するなど、ソフィアらしさが前面に押し出されている。さらにプリシラ役には『パシフィック・リム:アップライジング』のケイリー・スピーニー。エルヴィスにはテレビシリーズ「ユーフォリア/EUPHORIA」で注目されたジェイコブ・エロルディが抜擢された。どちらもフレッシュなパフォーマンスが嬉しくなる。

 当時を知っている世代には懐かしい。素敵にキュートな仕上がりとなっている。