『アイアンクロー』はアメリカを代表するプロレス・ファミリーの確執を描いた人間ドラマ。

『アイアンクロー』
4月5日(金)より、TOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ日比谷、kino cinema新宿、TOHOシネマズ渋谷ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
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公式サイト:http://ironclaw.jp/

 昭和の時代をふりかえると、テレビ番組のなかで大きな人気を博しているもののひとつがプロレス中継だった。街頭テレビに人が群がった昔から、プロレス中継に熱狂する人は多かった。

 ひとつには力道山が確立した図式に観客がハマったことがある。外国人の横暴に日本の代表が正義の空手チョップをふるうパターン。敗戦国のうっぷんを束の間、晴らす趣向に拍手喝采を浴びせた。このパターンはジャイアント馬場やアントニオ猪木に継承されることになる。

 日本のレスラーと戦うために、数多くのレスラーが来日した。正統派から反則やり放題のヒールまであらゆるタイプのレスラーが登場したが、忘れえぬ存在がフリッツ・フォン・エリックだった。必殺技“アイアンクロー”(鉄の爪)を武器に日本に参戦。ジャイアント馬場を筆頭にする日本人レスラーを相手に悪名を馳せた。

 手のひら全体で相手の顔面を掴み、指の握力で締め上げてギブアップを狙う必殺技。“アイアンクロー”の名は、熱狂的プロレスファンでなくとも幅広く知られるようになった。

 本作はそうしたフリッツ・フォン・エリックと子供たちに焦点を当てた葛藤のドラマだ。手がけたのはカナダ出身のショーン・ダーキン。ロンドンで幼少期のある時期を過ごしたダーキンはプロレスを見ることで感情のはけ口を得ていたと語る。繊細で感受性豊かな子供にとってプロレスは唯一熱狂できる手段だったという。

 カルト教団による洗脳やトラウマを描いた『マーサー、あるいはマーシー・メイ』で絶賛されたダーキンはフォン・エリックという絶対的な父親によって息子たちがいかに葛藤し、スポイルされていったかに興味を魅かれた。丹念に調査し、自ら脚本を書き上げたダーキンは過酷な運命に翻弄される家族のドラマに仕上げていった。

 ヒールとして転戦していたフリッツ・フォン・エリックは妻子を養うために、自らプロレス団体を設立した。

 彼には五人の息子がいて徹底的に鍛え上げ、自らの後継者となるように期待していた。長男は若くしてこの世を去り、次男のケビンは父の思いに応えようと必死で鍛錬するが、今ひとつ突き抜けるものはなかった。

 フォン・エリックは三男デビッドをプロレスの世界に引き込み、モスクワ五輪に出場予定だった四男ケリーがアメリカのボイコットにより活躍の場を失ったことから、彼もまた父親の命令に従うことになる。

 父親にとっては息子たちの活躍は喜ばしい限りだったが、息子たちの活躍とはうらはらに過酷な出来事が待ち受けていた。

 デビッドが巡業先の日本が急死。ケリーはヘビー級のタイトルを獲得するが、バイクの事故で片足を失ってしまう。さらにミュージシャンを目指していた五男のマイクもレスリングの道に進むが「呪われたフォン・エリック一家」のジンクスはさらなる不幸を招く――。

 いかにもテキサスの一家をめぐる家族のドラマらしいシリアスな展開。強権的な父親のもとで、懸命に努力する息子たちの健気さ、心優しさが映像からにじみ出てくる。ダーキンは瑞々しい語り口で、強い絆がありながら崩壊せずにはいられなかった親子の姿を浮かび上がらせる。決して派手な展開ではないし、プロレスシーンにメリハリがないことが気になるが、親子の確執の哀しみはしたたか伝わってくる。プロレスという派手な世界を舞台にしているがゆえに誠実に語りたいという思いは確かに伝わってくる。

 出演者も『グレイテスト・ショーマン』などでおなじみのザック・エフロンがみごとにビルドアップして登場するのを皮切りに、テレビシリーズ「一流シェフのファミリーレストラン」のジェレミー・アレン・ホワイト、『逆転のトライアングル』のハリス・ディキンソンなどが逞しい筋肉美を披露している。

 家族の確執を描いたドラマはどんな世界を背景にしても身につまされ、迫ってくるものがある。プロレスという世界を舞台に時代の流れも実感できる本作も例外ではない。