今やリュック・ベッソンは、フランス映画界でエンターテインメントを量産する匠として名を馳せている。アメリカ映画的な分かり易さを身上に、往年の香港映画のような誇張されたアクション、スタントも大胆に取り入れ、エンターテインメント嗜好を明確に打ち出している。
初期は『最後の戦い』を第1作に『グレート・ブルー』で世界的にも注目を集め、『ニキータ』、『レオン』などを発表。世界のヒットメーカーとなって以来、脚本を書きプロデューサーにまわって若手監督の育成にも力を注いでいる。
本作は2019年の『ANNA/アナ』に続くベッソン監督・脚本作品となる。実際の事件に着想を得て脚本を書き上げ、自ら監督に名乗りを上げた。スピーディで疾走感のある語り口は健在。完成度の高さは世界中に衝撃を与えた。「リュック・ベッソン、完全復活!」「ベッソンの最高傑作!」の声も上がるほどだったという。
ある夜、一台のトラックが警察に止められた。運転席には負傷し、女装をした男がひとりおり、荷台には十数匹の犬が控えていた。
“ドッグマン”と呼ばれるその男は、数奇な半生を語り始める。貧しい家で生まれた彼は父親の虐待に耐えた生活を送る。犬小屋で育てられ、暴力が全てだった。
トラウマを抱えながらも、犬たちに救われ、成長していくが、世間に馴染もうとするなかで人に裏切られ、苦しめられ、深く傷ついていった“ドッグマン”は、犬たちと共に犯罪に手を染めてゆくが、“死刑執行人”と呼ばれるギャングに目を付けられ、牙を剥く――。
アメリカの貧困地帯では、日本の常識では想像もできない事件が起きる。本作は犬小屋で育てられた少年の記事をアレンジして、スリリングなストーリーを構築してみせた。環境によって歪んでしまったキャラクターはベッソン作品によく登場するところだが、本作はさらにエッジが利いている。
暴力のメリハリをつけながら、主人公を護るのが犬というところがミソ。少年の脇に控え、敵が来ると容赦しない。ベッソンはDVを扱うが、決してシリアスに踏み込まず、エンターテインメントの枠組みから外れない。“ドッグマン”に寄り添い、犬との信頼関係を前面に押し出す。決して明るい話ではないのに、見ていられるのはベッソンの巧みな演出の匙加減と、犬に負うところが大きい。ベッソンは巧みに犬のキャラクターを活かしつつ、“ドッグマン”に襲い掛かる人間たちとの戦いを迫力満点に描き出してみせる。語り口のうまさはさすがというしかはない。
出演者も派手ではないが実力派が揃っている。“ドッグマン”には『アンチヴァイラル』や『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』、『ニトラム/NITRAM』で強烈な個性を披露したケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。加えてテレビシリーズ「TWENTIES」で注目されたジョージョー・T・ギップス、『アルゴ』のクリストファー・デナムなどが脇を固める。それぞれが役柄に合った演技を繰り広げるが、突出してランドリー・ジョーンズの存在感が際立つ。このキャラクターは鮮烈だ。
スタッフも粒揃いだ。音楽には『最後の闘い』以降、ほとんどのベッソン作品を手掛けている盟友エリック・セラ。美術は『ジャンヌ・ダルク』以降、数多くの作品でタッグを組んでいるユーグ・ティサンディエ。ふたりのサポートも見逃せない。