2023年のカンヌ国際映画祭で最高賞にあたるパルムイ・ドールに輝き、本国フランスではジワジワと支持を集めてヒットを記録。この3月3日に行われるアメリカのアカデミー賞では、作品、監督、主演女優、脚本、編集の5部門にノミネートされた作品の登場である。
雪山の山荘で起きた転落死事件をきっかけにして、死んだ男の妻と子が予想もしない騒ぎの渦中に放り込まれる。一見すると事故死と思われた事件は、多くの疑念を呼び、事件は裁判になだれ込む。男と妻の闇が浮かび上がり、何が真実か分からなくなっていく。ミステリー的興味で引っ張り、後半は法廷ドラマの形式をとりながら、人間の心の深奥に触れるそれぞれの「真実」が浮かび上がってくる。フランスで大ヒットしたことも頷ける、冒頭からグイグイと惹きこまれるストーリーとなっている。
フランスの雪山にある山荘で、ドイツ人ベストセラー作家のサンドラが学生のインタビューに応えている。余裕に満ちた作家が興味津々の学生の質問に応えていると、屋根裏のリフォームをしている作家の夫が突如大音量で音楽をかけ始めた。サンドラはインタビューを取り止め、学生を帰らせる。
作家夫婦の息子は視覚障害で一緒に暮らしていたが、散歩に行った帰り、転落した父親を見いだす。息子の叫び声に、作家は階下で横たわる夫と泣き叫ぶ息子を発見する。
捜査にあたった警察は死に不審な要素を発見する。事故だったのか、自殺か、それとも他殺なのか。他殺であれば容疑者は状況的にサンドラしかいない。検察はサンドラを起訴し。裁判に決着が持ち越される――。
脚本・監督のジュスティーヌ・トリエは長編映画を手がけてこれが4作目。最初の出発点は夫婦の関係が崩壊していくプロセスを表現したいと考えたことからだという。夫婦に子供という視点を加え、夫と妻の思いがくっきりと浮かび上がる。捜査と尋問によって、夫婦の秘密、確執が露わになる構成だ。巧みなのは新たな証拠によって、ふたりの関係が二転三転すること。見る者は展開に翻弄され、画面に釘付けとなる。
シンプルな構成だから驚天動地の展開になるわけではない。妻の殺人か、そうでないか。日常のやりとりが提出され、そこから夫婦であることの危うさ、愛の衰えが紡がれる。ありふれた日常に潜む、憎悪の増幅。ミステリー的興味よりも人間の情の強さに戦慄させられる仕上がりとなっている。トリエは同じく監督としても知られるアルチュール・アラリと共同で脚本づくりに挑み、刑事事件専門弁護士のヴァンサン・久ルセル=ラルースのアドバイスのもと、後半の法廷シーンはリアルに紡がれる。観客を惹きつけるのは、人の深奥にある心の複雑さ、多様さである。
トリエのタイトな演出のもと俳優陣がみごとな演技を見せている。サンドラに扮したサンドラ・ヒュラーは『ありがとうトニ・エルドマン』などで知られるドイツ出身の実力派。ここでは事態の推移をクールにみつめつつ、次第に内面を垣間見せる複雑なキャラクターをみごとに演じ切る。表情を変えずに内面で葛藤するシーンはまさに絶品ものだ。多くの映画祭でノミネーションを果たしたことも納得がいく。
ヒュラーに拮抗する存在感をみせるのは息子役を演じた、2008年生まれのミロ・マシャド・グラネールだ。感受性の強いキャラクターを体現している。そして忘れてならないのは息子に従う犬の名演だ。ボーダーコリーのスヌープ。その名演ぶりにカンヌ国際映画祭パルム・ドッグ賞に輝いている。
最後の最後まで予断を許さない。情の強さをしたたか味わせてくれるサスペンス。一見をお勧めしたい。