20世紀の香港は通り狭しと突き出た極彩色のネオンが夜のトレードマークだった。猥雑で人間味豊か、温もりを感じさせ雰囲気が通りに満ちていた。だが、それも中国本土に返還されるまでのこと。本土の意向に沿って、香港は無機質な近代都市に変貌していった。
街の景観だけの問題ではなく、文化面にも大きな変化が訪れた。隆盛を誇っていた映画界は本土の意向を気にするようになり、次第にオリジナリティを失っていった。勧善懲悪で空疎な大作が幅を利かす。凄まじい数の中国国民に媚びた作品の製作を促された。
街が広がり、交通網が整備され、ビルが建設される。2020年には建築法の改正で、かつての香港の夜を彩ったネオンの9割が姿を消した。通りは確かにすっきりとしたが、暗くて無味乾燥なイメージになったことは言うまでもない。過去を知る者にとっては何とも寂しい限りだ。
本作はそうして消えてしまったネオンを象徴として、かつてあった香港人気質、香港社会に追憶の念を込めた内容となっている。相思相愛のネオン職人の夫に先立たれた女性を主人公に、夫への喪失の思いとともに極彩色のネオン輝くかつての繁栄を懐かしむ展開だ。
メガフォンを取ったのはパリのソルボンヌで映画を学んだアナスタシア・ツァン。これが長編映画デビュー作となるが、細やかな語り口で、愛する人のいない世界で生きる哀しみをしっとりと紡ぎ、20世紀香港に対する憧憬を映像に込めている。
ネオン職人の夫の急逝によって妻のメイヒョンは生きる希望を失った。夫とのさまざまな思い出が蘇る。悔いばかりが先に立つ。
夫は腕のいい職人だったが、SARSが流行したときに半ば無理やりに廃業させてしまったことが悔やまれる。今、生き甲斐を失った妻は絶望に苛まれるばかり。
ある日、妻は「ビルのネオン工房」と書かれた鍵を見つける。 10年前に廃業したはずなのにと訝しみ、行ってみると、そこには見知らぬ青年がいた。
青年は夫の弟子だという。夫の死を伝え、妻は工房を閉めると告げる。青年は、師匠にはやり残したネオンがある、それを完成させるまでやろうと説得した。
妻は夫がやり残したネオンを探しだし、完成させることを決意。ネオン作りの修行を始める。
一方、ひとり娘からは、香港を離れて海外へ移住すると打ち明けられる。はたして夫の最後のネオンは完成するだろうか――。
なにより映像からは、監督の往年の映画へのオマージュ、情の機微に富んだかつての香港社会への愛が随所に感じられる。細やかな語り口で、愛する人を失った喪失感を浮かび上がらせ、それでも生きる希望を芽生えさせる過程を綴ってみせる。ネオンが無くなり、味気なくなった夜の通りと往年の華やかな記録フィルムの対比がいっそう胸に沁みる。娘が海外移住を決断する展開はそのまま監督世代の素直な発露だ。
嬉しいのは出演者たちだ。まずもってヒロインを演じるのが『上海ブルース』をはじめ数多くの作品で人気を博し、台湾・香港映画の隆盛を支えたシルヴィア・チャンなのが素晴らしい。ともに人生を歩んできた夫を失った絶望から、やがて再生の道を見いだすヒロインを熱演している。もはや往年の可憐さは影を潜めたが、ユーモアをにじませた演技は絶品ものだ。監督も手掛ける実力者だけに、本作では若いアナスタシア・ツァンを支える核となっている。
しかも出番は少ないが、夫役がアメリカ映画の『トゥームレイダー2』やジョニー・トー作品『PTU』などでおなじみの強面のサイモン・ヤムというのだから香港映画ファンは感涙ものだ。冒頭にゲームセンターで夫婦が仲睦まじいところを見せるシーンでは胸が熱くなる。ふたりの嬉々とした表情に拍手を贈りたくなる。
20世紀の香港を知らない人の方が多数になった現在だが、住みにくくなったことは帰れば囚人になってしまう周庭の例を見ても明らかだ。過去の楽しい作品の数々をふりかえりつつ、香港人の香港人によるパワーの再興を待ちたい。