『PERFECT DAYS』は往年の日本映画の機微に満ちた、ヴィム・ヴェンダース作品。

『PERFECT DAYS』
12 月 22 日(金) より TOHO シネマズ シャンテ、TOHOシネマズ新宿、kino cinema 新宿ほか全国ロードショー!
配給:ビターズ・エンド
ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd
公式サイト:https://perfectdays-movie.jp/

 ヴィム・ヴェンダースの名を知ったのは、未だドイツが東西に分断されていた、1970年代後半だった。当時、西ドイツの若手監督たちが個性的な作品を次々と生み出すムーブメントが起こった。作品は“ニュー・ジャーマン・シネマ”と呼ばれ、日本でも映画ファンの間で大きな話題となったのだ。

 ヴェルナー・ヘルツォーク、ライナー・ウェルナー・ファスビンダー、アレキサンダー・クールゲ、フォルカー・シュレンドルフといった個性的な顔ぶれのなかで、ひときわ若々しい印象だったのがヴィム・ヴェンダースだった。『都会のアリス』や『さすらい』といった作品で注目されたヴェンダースは『アメリカの友人』のシャープな映像センスが認められ、フランシス・フォード・コッポラよりハリウッドに招かれ、アメリカ映画『ハメット』を発表した。  

 もっとも、制作方法が異なり、監督の意向が制限される事態となって、ヴェンダースは意にそぐわないかたちとなってしまう。失意のまま、故国に戻った彼は『ことの次第』を発表。それから『パリ、テキサス』や『ベルリン・天使の詩』といった作品を送り出した。日本ではミニシアターブームが台頭の頃、ヴェンダースは一躍、熱狂的ファンを擁するに至った

 ヴェンダースは日本映画、とりわけ小津安二郎に心酔し、ドキュメンタリーの『東京画』を製作。さらに『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』などの音楽ドキュメンタリーでも才能を開花させた。ロックに影響された戦後世代の音楽センスがみごとに映像にシンクロしていた。

 近年も着実に作品を送り出してはいたが、話題になることが少なくなった。ヴェンダースももはや過去の匠になっていくのかと考えていたら、奇しくも、本作でまたまた脚光を浴びることになった。

 本作は日本発のアイデアで滑り出したという。ユニクロで知られる会社、ファーストリティリングの柳井康治のプロジェクト「The Tokyo Toilet」から生まれた。渋谷区にある公衆トイレを、建築家やアーティストによって再構築させるプロジェクトがあり、その一環として本作は制作されることになった。CMプランナーで小説家の高崎卓馬のプロデュースとともに、柳井が監督に選んだのが日本に造詣が深いヴェンダースだった。当初は短編映画のつもりだったが、ロケーションハンティングするうちに、ヴェンダースのイメージが膨らみ、長編映画に広がっていった。

 もちろん、プロジェクトを盛り上げるストーリーを核にして、日本人俳優を使い、日本語で展開する作品に仕上がっていった。

 斬新な渋谷の公衆トイレを黙々と掃除する初老の男がいる。渋谷の洒落たトイレという仕事場に通いながら、男は浅草近くの古い庶民的なアパートに住んでいる。

 黙々とトイレを掃除し続ける男は、仕事が終われば浅草の安い居酒屋で酒を飲み、古本屋で買った文庫本を読むのが日課。朝、車で仕事場に向かうときには、古いカセットテープでロックを聞いて気合を入れる。その曲目が嬉しい。団塊の世代であれば必ずや琴線に触れる名曲ばかりだ。アニマルズの「朝日のあたる家」、オーティス・レディングの「ドック・オブ・ベイ」、キンクスの「サニー・アフターヌーン」、ローリング・ストーンズの「(WALKIN` THRU THE)SLEEPY CITY」、ルー・リードの「PERFECT DAYS」。巨星たちのナンバーに加えて、金延幸子の「青い魚」が入っていたりするのもヴェンダースらしい。

 ユニークなデザインの公衆トイレで汗を流した男に、昔ながらの居酒屋でリラックスさせ、古書店で文庫本をあさらせる。いかにも昭和な風景、雰囲気をまとわせる。往年の日本映画に心酔しているヴェンダースの面目躍如たる趣向だ。

 ヴェンダースの手法にリアリティと深みをもたらしているのが、主役を演じる役所広司だ。トイレで懸命に労働し、夕方は酒を傾け、暗い電気の下で読書する。何気ない日常のなかに生きていることの確かさが浮かび上がり、初老であることのペーソスが漂う。主人公のことが詳細に説明されるわけではない。ただ切れ切れに聞こえてくる会話のなかに、彼の人生が浮かび上がるだけだ。画面の中の男の存在感。第76回カンヌ国際映画祭において、最優秀主演男優賞に輝いたことは頷ける。役所広司が映像のなかにいることで、映画が成立している。

 ただカメラを向けることで雄弁な映像を紡ぎだしたヴェンダースの演出。役所広司を軸に、田中泯、中野有紗、柄本時生、麻生祐未、そして思わぬところで石川さゆり、三浦友和が情緒を盛り上げてくれる。

 企業のプロジェクト主導ながら、日本映画のエッセンスを堪能させる仕上がりとなった。必見の作品である。