『ポトフ 美食家と料理人』はトラン・アン・ユンが繊細かつ美しく描き出した料理礼賛映画!

『ポトフ 美食家と料理人』
12月15日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか 全国順次公開
配給:ギャガ GAGA★
©Stéphanie Branchu©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA
公式サイト:https://gaga.ne.jp/pot-au-feu/

 トラン・アン・ユンの名が鮮烈に焼き付いたのは1993年、監督デビュー作『青いパパイヤの香り』がカンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を受賞してからのことだ。ヴェトナムの出自であることも話題になった。

 もっともヴェトナムを離れたのは13歳のころで、以降フランスで学び、映画制作もフランスで身につけた。フランス的な洗練されたセンスの彼の映像は広く好感を持って迎えられた。日本でも折からのミニシアター・ブームに乗って、『シクロ』(95)や『夏至』(00)が公開され、熱狂的ファンも擁するようになった。2010年には村上春樹の『ノルウェイの 森』を手がけ、日本での撮影を敢行。今ひとつ評価は高くなかったが、トラン・アン・ユンらしい繊細さは映像の随所に感じられた。

 そうして2016年には『エタニティ 永遠の花たちへ』で19世紀フランスを舞台にした後、本作に至る。ここではフランスの誇る料理について、完璧なかたちで映像化することを実現させた。食事と文化の関係を考察する“ガストロノミー”を作品に落とし込むことを目指している。

 原案にしたのはマルセル・ルーフの小説。美食家として知られるジャン・アンテルム・ブリアー=サヴァランをモデルにした内容だが、トラン・アン・ユンは小説の前日譚のようなストーリーを仕立てた。主人公の美食家ドダン・ブーファンと料理人ウージェニーとの絆を軸に、どこまでも豪華な料理の数々の調理の過程を完璧に映像化する趣向。監督のこだわりは映像ばかりか、調理の音にいたるまで再現されている。

 料理の監修にあたったのは、三ツ星シェフとして名高いピエール・ガニェール。映像化されるメニューのひとつひとつをチェックし、料理した。しかもトラン・アン・ユンは調理の過程はワンカットで撮影する手法を貫いた。煮焼する音を音響効果にして、まさに目と耳で美食の何たるかを知らしめる。細やかに演出を突きつめていく監督らしい仕上がりとなっている。

 出演者も豪華だ。料理人ウージェニーには1986年の『汚れた血』で注目され、『存在の耐えられない軽さ』や『イングリッシュ・ペイシェント』、『ショコラ』など、数々の作品に存在感を残してきたジュリエット・ビノシュ。ドダンには『夜の子供たち』や『ピアニスト』などでフランスを代表する男優となったブノワ・マジメル。ふたりの競演が作品をさらに豊かなものにしている。

 1885年、料理人のウージェニーは、美食家のドダンのもとで20年間、働き続けていた。ドダンの閃いたメニューをウージェニーが完璧に再現してみせる。ふたりの呼吸はピッタリだった。

 ふたりは愛しあっていたが、ウージェニーはプロとしての自立、自由さを尊び、ドダンの求婚を断り続けていた。

 ドダンはユーラシア皇太子の豪華なだけの晩餐に対する返礼として、最もシンプルな料理「ポトフ」を供することにするが、その矢先、ウージェニーが病に倒れてしまう――。

 映画は冒頭から料理を製作する過程をひたすら繊細に見つめていく。ワンカットで切りとる素晴らしい腕前に、ただもう惹きつけられるだけ。監督の微に入り細に入った演出に感嘆すると同時に、料理する心に対して敬意が感じられる。映画は料理の過程をみごとに再現し、なによりフランス料理の豊かさ、食に対する姿勢を知らしめる。“ガストロノミー”を映像化するというトラン・アン・ユンの試みは成功したといえよう。

 撮影のジョナタン・リッケブール、監督の行使に渡るパートナー、トラン・ヌー・イェン・ケーのアートディレクションも監督の意を汲んで、素敵な仕事ぶりだ。

 もちろん、ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・マジメルも画面に魅力を添える。料理と調理過程が主役と分かった上で、敵かな演技を披露している。

 トラン・アン・ユンの個性がみごとに発揮された逸品。見終わると、食事をしたくて堪らなくなる。

メインフォト ©Carole-Bethuel©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA