『枯れ葉』はアキ・カウリスマキが5年ぶ入りに生み出した、そう若くもない男女の恋の物語。

12 月 15 日(金)より、ユーロスペースほか全国ロードショー
配給:ユーロスペース
© SPUTNIK OY 2023
公式サイト:https://kareha-movie.com/

 オフビートなユーモアとともに市井のドラマが控えめに語られる。フィンランドの匠アキ・カウリスマキの温もりのある個性は世界中から愛されてきた。

 1989年の『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』からはじまって1990年の『マッチ工場の少女』、1996年の『浮き雲』と独自の世界を構築。2002年の『過去のない男』ではカンヌ国際映画祭グランプリを受賞し、2017年の『希望のかなた』はベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を手中に収めている。受賞とともに引退を宣言して、ファンを悲しませていたのだが、宣言を撤回し本作を送り出した。カンヌ国際映画祭では復活を祝うかのように、本作は審査員賞を獲得した。

 どちらかといえば社会の底辺にいる人々を主人公に何気ない日常のドラマを構築。人間としての再生をひょうひょうとしたユーモアを滲ませながら描く。これがカウリスマキの作風だ。兄のミカ・カウリスマキと同様に音楽の造詣が深く、『過去のない男』では日本のクレイジーケンバンドの楽曲を使ったほど幅広い。本作でもその多様性には驚かされる。

 ヘルシンキの下町に生きる、ふたりの中年に差し掛かった男女にカメラは焦点を当てる。理不尽な理由でスーパーを首になって失業した中年女性アンサは、アルコール依存症でありながら、辛うじて工事現場で働くホラッパとカラオケバーで出会う。

 互いに名前も知らないまま、惹かれ合い、やがてデートとなるが、ふとしたことの諍いや偶然が重なり、過酷な現実が待ち受けていた。果たして、ふたりにささやかな幸福は訪れるのだろうか――。

 つましくギリギリの生活を送りながら、生きる誇りを失わない男女の機微を、カウリスマキは淡々と紡ぎだす。彼らの行動の端々から生まれるおかしみ、愛おしさはこの監督ならではのものだ。都会で暮らす孤独を肌身に感じながら、身の程を知った生き方を守るキャラクターたちの姿には共感を禁じ得ない。カウリスマキにとってはこれまでの作品に連なるストーリー、キャラクターたちだが、さらに自らの思いを込めた要素が散りばめられている。

 ふたりの映画館デートで、見るのがジム・ジャームッシュのゾンビ映画『デッド・ドント・ダイ』であり、シーンまで挿入される丁寧さ。さらに『気狂いピエロ』や『若者のすべて』など、古今の名作のポスターをさりげなく背景に置き、セリフでも『田舎司祭の日記』や『はなればなれに』といった作品が登場する。細やかに映画へのオマージュを捧げているあたりがシネフィル、カウリスマキの真骨頂だ。ラストシーンに至って、ヒロインが途中から飼い始めた犬の名前の意味が明らかになる。これもまた嬉しい趣向だ

 さらに挿入される音楽もまたカウリスマキらしい。「竹田の子守唄」からはじまって、ロックンロールの「GET ON」、カラオケで「SYYSPIHLAJAN ALLA(秋のナナカマドの木の下で)」やシューベルトの「セレナーデ」。加えて懐かしのヒット曲「マンボ・イタリアーノ」、カルロス・ガルデルの「ARRABAL AMARGO」、チャイコフスキーの「交響曲第6番ロ短調「悲愴」も挿入されれば、もちろんジム・ジャームッシュの「デッド・ドント・ダイ」も流れる。

 日本ではピーター、ポール&マリーが日本に紹介したゴードン・ライトフッドの「アーリー・モーニング・レイン」のフィンランド語版。最後にはジャック・プレヴェールの名曲「枯れ葉」まで織り込まれる盛り沢山。カウリスマキの音楽の好みの多様さを今さらながらに実感する展開となっている。

 出演者も揃っている。アンサには『トーべ/TOVE』で主演を務めたアルマ・ポウスティ、ホラッパには『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』のユッシ・ヴァタネンがキャスティングされた。カウリスマキの指導よろしく、この上なく抑えた演技で日々の行動を演じきる。画面から親しみ易さが滲み出る存在感といいたくなる。

 81分という上映時間に、カウリスマキの個性がてんめんと盛り込まれている。年齢が増すにつれ、生きるあはれが沁み入ってくる。素敵な作品である。