『ナポレオン』はリドリー・スコットとホアキン・フェニックスが奏でる軽やかな歴史絵巻。

『ナポレオン』
12月1日(金)より、全国の映画館で公開!
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:https://www.napoleon-movie.jp/

 映画界には新作が気になる存在がいる。クリント・イーストウッドのような重鎮がそうだし、題材を選ばぬ多彩な作品歴の持ち主も大いに気になる。

 その好例が一作ごとに話題を呼ぶリドリー・スコットだろう。2021年に実録ドラマ『ハウス・オブ・グッチ』と歴史劇『最後の決闘裁判』を立て続けに発表し、懐の広さを知らしめたスコットは、休むことなく大スケールの本作に挑んだ。しかも俳優としてもっとも注目度の高いホアキン・フェニックスとのコラボレーションとなれば、さらに話題は高まる。ましてふたりがフランスの英雄、ナポレオンの軌跡を再現するとなればなおさらのことだ。

 何かと逸話の多いナポレオンのどの部分を重点的に捉えるか。脚本を担当したデヴィッド・スカルパは『ゲティ家の身代金』でスコット作品を経験し、その撮影中から本作について議論を戦わせたという。ふたりは本作が圧倒的なスケールのアクション映画でありながら、ナポレオンと妻ジョセフィーヌの愛の物語として成立させることを念頭に置いたという。

 傍目からは風変わりな関係に見えても、愛を貫いたナポレオンとジョセフィーヌの関係を軽快に描きながら、名も知れぬ軍人から皇帝にまで成り上がった人なりを素描していく。ホアキン・フェニックスが軽味をもって演じることでさらに人間的な魅力が深まる仕掛けだ。まさにフェニックスのひとり舞台の感すらある。

 映画はマリー・アントワネットの処刑シーンから幕を開ける。革命の興奮に酔いしれる民衆の前に、次々とリーダー候補が現われては消える混乱のなかで、武勲を認められた無名のコルシカ生まれのナポレオンがスルスルとリーダーにのし上がっていく。

 その間に、彼は運命の女性と出会い、恋に落ちる。人妻であったことをものともせずに、夫の死後に猛アタック。武骨ながら一途さを貫き、自らの妻とする。ジョセフィーヌとの絆が密な頃は、ナポレオンの武勲はうなぎのぼり。数々の戦いに冷徹な作戦のもとに勝利し、民衆の支持も抜群となっていく。

 しかしジョセフィーヌが浮気をしていることを知って厳しく叱責、ふたりの仲も微妙にずれていく。それでもナポレオンはクーデターに成功するや、フランスの最高権力者、第一統領の座に成り上がる。ナポレオンは皇帝、ジョセフィーヌは皇后となるが、ふたりの仲は微妙だった。

 ナポレオンは戦争にのめり込むようになる。ジョセフィーヌとの仲が決定的となって別れた後は、さらに戦いに自身を埋没させていく。彼の勢いは次第に空回りするが、止める手立てはなかった――。

 ほぼ史実に忠実にナポレオンの軌跡が紡がれるが、スコットの語り口は決して深刻にならず、むしろ軽やかな印象さえある。シリアスになるはずのドラマ部分は諦観さえ感じさせ、微妙にユーモアがにじむ。やたらに気負う癖のあるスコットから、一歩抜け出した感じ。人の世のあはれを漂わせる辺りは、86歳になった心境の表れだろうか。

 戦いに才をみせた軍人が時代の流れのなかで、英雄に祭り上げられるが、どこか純なところを維持し続けたキャラクターを、スコットは巧みに浮かび上がらせる。ドラマ部分はさらりとしたタッチだが、戦闘シーンとなると一変、凄まじいスケールで押し切る。今どき珍しい数のエキストラと、CGを駆使して迫力満点の合戦シーンに仕立てあげている。ナポレオンの数々の合戦を再現してアクション映画としても舌を巻く仕上がりとなっている。

 もちろん、本作の魅力はナポレオン役のホアキン・フェニックスに負うところが大きい。純な部分を残したキャラクターをみごとな存在感で表現している。時代と環境に翻弄され、意固地になっていくナポレオンを共感度高くみせてくれる。ジョーカー役でアカデミー主演男優賞に輝いた彼の名演ぶりに脱帽である。

 ナポレオンに終生愛されるジョセフィーヌにはテレビシリーズ「ザ・クラウン」で人気を集め、映画では『ミッション:インポッシブル フォール・アウト』に顔を出したヴァネッサ・カービー。ナポレオンをテクニックで翻弄するキャラクターを熱演する。凄く個性のある女優ではないが、演技力に富んだ魅力的な注目株だ。

 そのほか『預言者』のタハール・ラヒムや『アナザー・カントリー』の懐かしいルパート・エヴェレットなど、共演陣も充実している。

 英雄の生涯を軽やかに疾走した逸品。円熟の演出と際立った演技力を楽しむには最適の作品である。