『香港怪奇物語 歪んだ三つの空間』は香港の現在が覗える、ちょいと怖いオムニバス作品!

『香港怪奇物語 歪んだ三つの空間』
12 月 1 日(金)よりシネマカリテほか全国順次公開
配給:武蔵野エンタテインメント株式会社
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公式サイト:https://hk-kaiki-movie.musashino-k.jp/

 中国本土が莫大な映画人口を誇る地域なもので、アメリカ映画を筆頭にものみな本土を意識した映画となってしまった。

 当然ながら、無理やり本土に組み込まれた香港は製作する映画の内容が本土志向のものに変わっていった。多くの監督たちは親中国の勧善懲悪嗜好に舵を切らされた。それでもひっそりと自分たちのアイデンティティを維持しようとする作品も少なくない。とりわけホラー系の映画は背景にさまざまな社会的要素を潜ませることが可能となる。

 本作は、歪んだ空間を題材に繰り広げられるオムニバス作品。個性も手法も異なる三人の監督が思い思いの恐怖空間を生み出している。オムニバスのいいところは味わいの異なる映像を一本のなかに楽しめるところ。大枠で恐怖空間と決まっているなかで、三人が工夫を凝らした香港を焼きつけている。

 本作の第一話を担うのはホイ・イップサン。イギリスでマルチメディアを学び、映画やテレビで活動。『ダークナイト』などにも携わった後、マカオでCMや映像の製作会社を設立したやり手で本作が初長編監督作となる。

 彼の恐怖は、中学生のときに死体を発見。その目が忘れられないヒロインが長じてシンガーとなるが、不倫相手との関係に神経質になるうち、次第に情緒不安定に陥っていく展開。どこといって変哲のない街角やマンションが恐怖世界に変わり、ヒロイン追いつめていく。ホイ・イップサンの細やかなタッチがヒロインの不安を浮き彫りにしている。

 第二話を担当するのは『メイド・イン・ホンコン』で知られる香港インディペンデント映画の匠、フルーツ・チャン。ここでの歪んだ空間は新装開店したショッピングモールだ。ライブ配信で投資案件を募る男は画面に向かって語り続けるが奇妙な扮装の人々に出会う。さらにこのモールの奇妙な噂を聞きつけたライバーが加わって、ヒステリックな騒動が巻き起こる。このモールは14年前に多数の焼死者を出したモールの跡地に建てられていた。

 ライブ配信で客を煽る投資アドバイザー、ライバーの無責任さを風刺しながら、フルーツ・チャンは混沌に向かって疾走する香港社会をブラックに浮かび上がらせる。コロナ禍の雰囲気を活写。もはや収拾のつかない混乱のなかでも、人々はしたたかに生きるしかないのだ。

 最後の第三話は、脚本家として名を馳せたフォン・チーチャンの監督作だ。『少林サッカー』や『人魚姫』といったチャウ・シンチー作品やジョニー・トーの『スリ』などを手がけてきた彼は監督としても2013年に『借金取りとマネージャー』に起用されて以来、演出の面でも高い評価を受けている。

 ネット小説家の中年女性がアパートの一階で溺死者らしい幽霊に遭遇する。あわてて他の住人たちに訴えると、彼らも目にしたことがあるという。十人のなかには伝説のヤクザもいて、事態はますます混乱するうちに驚愕の事実が待ち受けていた――。

 決して舌を巻くほどの大傑作とは言わないが、いかにも香港映画らしい香りが漂うといえばいいか。庶民的で騒がしく楽しい仕上がり。出演者もリッチー・レン、チェリー・ガン、ジェリー・ラム、シシリア・ソー、ソフィー・ンなど個性に満ちた顔ぶれが揃っている。

 食事のシーンはなくても見終わった後に、中華料理を食べたくなる。かつての香港に思いを馳せたくなる作品だ。