スマートフォンやネットがこれほど日常化する以前は、人と会うのも苦労することがあった。たとえば約束した時間の直前にアクシデントが起きると、遅れることが決定的なのに相手に知らせることができない。約束の場所が喫茶店などであれば電話もできるが、外での待ち合わせは待たせることもしばしばだった。逆に時間前に着いて、相手を待つ期待にワクワクすることも少なくなかった。時間の経つのがゆっくり感じられるものの、人を待つことは意外に楽しいと実感した。
そんな記憶を蘇らせたのも、人を待つことの愛しさを描いた本作に出会ったからだ。ビートたけしの恋愛小説の映画化という触れ込みだが、原作者の芸風に反して、思いきり素直な恋愛ストーリーに仕上がっている。70歳にして初めて書き上げた恋愛小説ということも話題だ。
主人公は、模型や手書きイラストを得意にするデザイナー。内装を手がけた喫茶店「ピアノ」に通っていたが、そこで謎めいた女性に出会う。
言葉を交わし、親しくなって語り合ううち、彼女が携帯電話を持っていないことを知る。ふたりは連絡先を交換せずに、毎週木曜日に同じ場所で会う約束をする。
ふたりは顔を合わせることのかけがいのない時間を過ごしていく。時には仕事で会えなくとも、次の木曜日に会える。
デザイナーはプロポーズを決意する。だが次の木曜に女性は現れなかった。次の週も彼女は姿を見せない。
失意に暮れるデザイナーはやがて、思わぬことから彼女の過去、思いを知ることになる。それでも、デザイナーは彼女を忘れることはできなかった――。
今どきの安直なつながりではなく、顔を合わせて紡ぐ情。喫茶店でじっくり語らい、絆を深めていく姿は、むしろ新鮮に映る。かつては珍しくもない設定を復活させたアイデアに感心させられる。ビートたけしの時代を見る目は衰えていない。
脚色に当たった港岳彦は『あゝ、荒野 前編・後編』などで知られる存在だが、本作では情の機微を繊細に織り込んで見せる。口約束だけで期待を高まらせ、会える日をじっと待つ気分が展開とともに浮かび上がってくるのだ。主人公と友人たちとの軽快なやりとりで現代性をふりまきながら、次第に浮世離れした結末に持ち込むあたりはなかなかのものだ。
監督は『ホテルビーナス』のタカハタ秀太。あくまでもさりげなく、ストーリーを紡いでいく。細やかな描写でキャラクターを浮かび上がらせ、派手なあおりや嘘くささを排している。主人公に寄り添い、その人となりをくっきりと焼きつける手腕はみごとである。
なにより感心させられるのは、主人公を演じた二宮和也の演技だ。母子家庭で育ち、決して出しゃばらず、細かい手仕事が好き。地味な性格ながら、情には厚いデザイナー役を二宮は過不足なく演じ切る。相手に対して次第に情を募らせていきながら、控えめに接するキャラクターをみごとに演じている。クリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』や『浅田家!』など、いずれの作品でも突出した存在感をみせてきたが、本作でもその個性はいかんなく発揮されている。
相手役に選ばれたのが、NHK連続テレビ小説「あさが来た」のヒロインで人気の出た波瑠。ミステリアスな役どころを楚々と演じている。共演は桐谷健太、浜野謙太が友人に扮し坂井真紀、高橋惠子、リリー・フランキーが脇を固める。充実したキャスティングである。
YOASOBIのヴォーカルとしても活動する幾田りらが、書き下ろし楽曲を提供したことも話題となっている。
大切な人に会う喜びをみごとに映像化した作品。秋にふさわしい切ない仕上がりである。