『ザ・ホエール』はストレートに心に刺さる、ダーレン・アロノフスキーのヒューマン・ドラマ!

『ザ・ホエール』
4月 7 日(金)より、TOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
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公式サイト:https://whale-movie.jp/ _031921_0180216.ARW

『レスラー』や『ブラック・スワン』を手がけ、アメリカ映画きっての異才と謳われたダーレン・アロノフスキーが、2017年の『マザー!』に続いて発表した2022年作品である。

 前作が難解だと酷評されたこともあって(日本は劇場未公開だった)、本作では一転して、家族というものを問い直す、心に沁み入る人間ドラマに仕上げている。

 アメリカ気鋭の劇作家サミュエル・D・ハンターが、2012年に初上演した戯曲の映画化。アロノフスキーはこの舞台を見て、即座に映画化を申し出た。ハンターは自身が脚本を書くことを条件に快諾したという。もっともハンターは映画の脚本を書いたことがなかったが、他人に頼ることなく独学で学んで仕上げた。

 アロノフスキーがそこまで惚れ込んだのは、語られるのが人生の最期を迎えつつある、通常ならざる容姿の男の愛であり、親子の情、悔悟の念。愛する人を失った衝撃から立ち直れず、失意が過食に過食を重ねさせ、なんと体重が272キロの巨漢になってしまった男だ。それでも過食は止めず、心の傷は癒されることのないまま、肉体が悲鳴を上げる。その挙句、余命幾ばくもない状態だと知ったときに、この男はどのような行動に出るのか――。

 誰しも年齢を重ねると、過去が記憶のなかで蘇ってくる。多くはしでかしたことの後悔で、自分の傲慢さに頭を抱えることばかりだ。過去を修正することはできはしない。せめて今、贖えることはないのか。こうした思いを抱いたことがあるなら、本作の主人公に大いなる共感を覚えるはずだ。

 ストーリーを生み出したハンター自身、大学時代に肥満体形であったために、周囲からの好奇の眼にさらされた経験があったという。その暗黒の日々がストーリーに反映されている。アロノフスキーは巨体のキャラクターの内面に分け入り、人間の「美」を浮かび上がらせる。

 これまでエッジの利いた題材を扱ってきたアロノフスキーだが、本作では主人公が巨漢であることを除けば。語られるのは普遍的な愛であり、親子の情。悔悟の念に苛まれた主人公の思いを前面に打ち出し、誠実な演出に徹している。

 主人公が自分だけでは外出できない巨漢という設定なので、主人公のアパートの室内だけで起こる5日間が紡がれる。大学のオンライン講座で、ハーマン・メルヴィルの「白鯨」を担当して生計を立てる主人公は、死期が近いと知ると、かつて愛人に走り、そのために捨てた娘に赦しを乞う。彼を恨んで生きてきた娘にはまさに受け入れ難い事態だ。ふたりの溝は主人公の悔悟と愛で埋めるしかない。

 主演に抜擢されたブレンダン・フレイザーは『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』などのヒット作を誇り、颯爽たる快男児を演じていたが、しばしのブランクの後、本作で入魂の演技を見せている。エンターテインメントも多いが、もともと演技派の側面もあり、『ゴッド・アンド・モンスター』や『愛の落日』では素晴らしい存在感をみせていた。ここでは特殊メイクを課した上で、圧倒的で胸に沁みるペーソスと哀しみを画面に焼きつける。第95回アカデミー主演男優賞を獲得したのも頷ける、圧巻の存在感である。

 共演はNetflixのテレビシリーズ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」で注目されたセイディー・シンクが娘役に抜擢され、『ザ・メニュー』のホン・チャウ、『アベンジャーズ/エンドゲーム』のタイ・シンプキンス、そして『ギター弾きの恋』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたサマンサ・モートンが脇を固める。いずれも迫真の演技を展開し、みごとなアンサンブルをみせてくれる。

 アロノフスキーの円熟した語り口が、見る者をグイグイと映像に惹きこんでいく。こういう琴線に触れる映画を生み出すアメリカ映画界は、まだまだ懐が深い。