『オットーという男』はトム・ハンクス・ファミリーの才能が結集したヒューマン・コメディ!

『オットーという男』
3月10日(金)より、TOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:https://www.otto-movie.jp/ d Otto-11330696

 トム・ハンクスがアメリカ映画界を代表する男優であることは論を待たない。1993年の『フィラデルフィア』、翌年の『フォレスト・ガンプ/一期一会 』と、連続してアカデミー主演男優層を獲得して以来、さまざまなキャラクターを演じてきた。

 いかにも善人そうな風貌だが、昨年公開された『エルヴィス』では狡猾で腹黒い守銭奴、トム・パーカー大佐を演じてみせた。演技の懐の深さを証明したかたちだが、やはりハンクスは気のいい善人が良く似合う。

 現在に至るまで変わらぬ人気を誇るトム・ハンクスが、今年早くもヒューマンで感涙必至の新たなコメディを送り出した。

 演じるのは他人とのつきあいを拒絶し、規律正しい日々を生きる初老の男・オットー。不機嫌でとっつきにくいキャラクターだが、胸の裡には、愛と悲しみに包まれた人間らしさが溢れていた。

 原作はスウェーデンの人気作家フレデリック・バックマンの世界的ベストセラー小説「幸せなひとりぼっち」。本国で映画化され、2016年に同タイトルで日本公開もされた。この小説に大きな感銘を受けたハンクスと妻のリタ・ウィルソンは自ら製作を引き受けることを条件にリメイクを申し出た。

 もちろん、アメリカでリメイクするためにはオリジナルを核にしながらも、アメリカならではの要素を盛り込むことが必須となる。ハンクスとウィルソンは『ネバーランド』と『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』でアカデミー脚色賞にノミネートされた実力派、デヴィッド・マギーに脚本を託した。

 監督は『チョコレート』や『ネバーランド』、『007/慰めの報酬』や『ワールド・ウォーZ』など、多彩な作品歴を誇るマーク・フォースター。製作総指揮も引き受けたフォースターは、舞台をアメリカに移し、登場人物も多彩にして、現在のアメリカ社会が抱える問題点を風刺しながら、人と人との絆の大切さを謳いあげている。

 孤独で不機嫌な主人公、オットーを演じるのは、渋さを増したハンクス。自然体の演技で孤独を際立たせる。演技を押さえて存在感を生み出すあたりが絶妙だ。

 彼を支える共演陣も実力者揃いだ。オットーの心の扉を開けさせる隣人にメキシコ出身のコメディエンヌ、マリアナ・トレビーニョ。その夫には同じくメキシコ出身で『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』などに出演したマヌエル・ガルシア・ルルフォ。

 回想シーンに現れる妻役にはテレビシリーズで活動するレイチェル・ケラー。オットーの若き日はトム・ハンクスの息子、トルーマン・ハンクスが演じている点にも注目だ。 

 最愛の妻に先立たれて以来、オットーは孤独な日々を送ってきた。偏屈で怒りっぽい性格ゆえに町内では煙たがられている。彼は生き続ける意味が見いだせず、死ぬことばかり考えていた。

 ある日、向かいの家にメキシコ出身の家族が引っ越してくる。一家の妻、陽気でお節介なマリソルは、不機嫌なオットーにも委細構わず、親し気に話しかけてきた。

 オットーはいつの間にか彼女のペースに巻き込まれていき、彼女を通して、町内の人々とも、触れ合うようになっていく――。

 孤独なオットーの生き方を通して、アメリカに横たわる現実の過酷さをきっちりと押さえつつ、優しく希望を込めた展開に昇華させる。決して甘ったるいだけのヒューマン・コメディではない。この語り口はフォースターならではのものだ。移民たちの流入、広がる格差。アメリカが抱える問題が、オットーの生活を通して浮かび上がってくる。フォースターは押さえた語り口でアメリカの現実を紡ぎながら、決して悲観的にはしていない。

 最大の魅力はいうまでもなくハンクスの演技である。不機嫌な表情を押し通しながら、人とのかかわりのなかで、次第に持って生まれた善性を覗かせる。これまで幾多の役柄に挑戦してきたハンクスにとっては、まさに独壇場である。愛と希望にみちた過去の記憶を抱えながら、喪失の絶望に包まれたキャラクターを軽やかに演じている。見る者は彼の表現力に打たれ、思わず胸が熱くなる。出色の演技だ。

 なにより若き日のオットーを演じたトルーマン・ハンクスの初々しさが抜群だ。無骨なアプローチで恋を語り、妻のためにあらゆる努力を惜しまない一途さ。本物の俳優ではないトルーマンだから表現できた。素敵な親孝行である。

 主題歌の作曲を担当したのはリタ・ウィルソン。セバスチャン・ヤトラとデュエットで歌声も披露している。

 こうなると、文字通りハンクス・ファミリーのコラボレーションの成果。それぞれが才能を出し合って、作品の魅力を大いに高めている。