『モリコーネ 映画が恋した音楽家』は映画音楽を高みに引き上げた作曲家の、心に沁みるポートレート。

『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
1月13日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ ほか全国順次ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
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公式サイト:https://gaga.ne.jp/ennio/

 かつてラジオの洋楽ベストテンには映画音楽が名を連ねることが少なくなかった。

 たとえば『エデンの東』や『太陽がいっぱい』などがチャートを飾り、そのメロディを聞くだけで映像が蘇る。当時の映画ファンはそうして作品を追体験していたのだ。

 数多い名曲のなかでも、とりわけ大きな注目を浴びたのは『荒野の用心棒』だった。口笛とギターの異色のサウンドが鮮烈に焼き付く。作曲者、エンニオ・モリコーネの名を強く意識するようになった。

 以来モリコーネの名は映画の魅力を牽引する存在として多大な足跡を残した。2020年7月6日に91歳でこの世を去ったモリコーネは生涯で500本を超える映画、テレビ作品の音楽を手がけた。

 その中にはセルジオ・レオーネの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』をはじめとして、ジュゼッペ・トルナトーレの『ニュー・シネマ・パラダイス』、テレンス・マリックの『天国の日々』、ブライアン・デ・パルマの『アンタッチャブル』、ローランド・ジョフィの『ミッション』、クエンティン・タランティーノの『ヘイトフル・エイト』などなど、いずれも忘れえぬメロディばかりだ。

 本作は長年、親しく交流してきたジュゼッペ・トルナトーレがほぼ5年の時間をかけて製作したドキュメンタリーである。

 モリコーネはトルナトーレ以外には撮らせるつもりはなかったとコメントしている。いわば師匠格に当たるモリコーネを映像に焼きつけるために、トルナトーレは周到な準備のもと、多彩な証言者を交えながらじっくりと映像化している。いうなれば、本作はモリコーネの生涯を再体験する試みだ。

 モリコーネはトランペット奏者の父の影響のもとで音楽院に進み、作曲の喜びを知る。ナイトクラブでトランペットを演奏して家計を助ける青年時代を送った。

 卒業後、結婚した彼はRCAレコードと契約し、編曲で頭角を現す。その腕を見込まれて映画音楽の仕事が舞い込むようになった。

 とりわけ、モリコーネの小学校の同級生セルジオ・レオーネの登場が決定的なものになる。ただ、彼には映画音楽に進むことに抵抗があった。音楽院の恩師ゴッフレード・ペトラッシがアカデミックな作曲しか認めなかったからだ。映画音楽のような商業的なものは認めないという師の考え方に影響されていたからだ。それでも編曲で鍛えた発想の妙で、どんな作品でも際立たせるセンスとテクニックがあった。

 イタリア映画に留まらず、アメリカ映画、イギリス映画、フランス映画の依頼を易々とこなしながら、映像の情感を倍加する音楽を生み出す。映画音楽から離れようとした時期があっても、必ず帰ってきた。まさに映画音楽のマエストロとしてすばらしい楽曲を残した生涯を送ったのだ。

 トルナトーレの細やかな演出のもと、モリコーネの生涯が活き活きと映像化されていく。筆者は『ミッション』のパブリシティの一環で、モリコーネの記者会見に出席したことがある。とても神経質そうな表情と話し方が印象的だったが、『ミッション』は彼の作品のなかでもとりわけみごとな仕上がりだった。この作品でアカデミー賞を逃したことで落ち込み、映画音楽から離れたが『ニュー・シネマ・パラダイス』で復帰する。まさに本作の副題の通り、「映画が恋した音楽家」なのだ。

 トルナトーレはモリコーネ自身のインタビューを軸に据えながら、ハンス・ジマーやジョン・ウィリアムズ、クインシー・ジョーンズといった作曲家や、ジャンニ・モランディ、ミランダ・マルティーノ、アレッサンドロ・アレッサンドローニ、ジョーン・バエズ、エッダ・デッロルソ、ドゥルス・ボンテス,ジルダ・ブッダといった歌手たち。そして彼を崇拝するブルース・スプリングスティーンまで証言する。もちろん、クエンティン・タランティーノ、クリント・イーストウッドをはじめとする映画監督たちもモリコーネを称えてみせる。

 上映時間は157分と、決して短くはないが、本作をみればモリコーネの凄さが得心できる。映画という総合芸術を音楽で高みに上げた唯一無二の存在。彼の生み出した、心に沁みるメロディを再確認できる。素敵な傑物だ。