『ザリガニの鳴くところ』は少女の瑞々しい成長を紡いだ、ベストセラー・ミステリーの映画化。

『ザリガニの鳴くところ』
11月18日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ新宿ほか全国ロードショー
配給: ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:https://www.zarigani-movie.jp/ HE CRAWDADS SING

 広大な領土を誇るアメリカ合衆国はさまざまな貌を持っている。灼熱の砂漠もあれば極寒の雪原、緑なす田園、摩天楼が林立する大都会もある。

 なかでも驚かされるのは南東部に広がる湿地帯だ。未だに自然が殆ど手つかずの状態で残され、人々はボートを利用して生活している。

 この地域が映画に登場するときは、大半がモーターボートを活用したアクションばかり。そこに生活している人々を前面に据えた作品はあまりなかった。

 本作が注目に値する理由はクオリティもさることながら、アメリカの珍しい生活を目の当たりにできる点にもある。

 原作は動物学者として知られるディーリア・オーエンズが書いた同名小説で、アメリカでは2年連続で最も売れた本に挙げられ、全世界で1500万部を突破するベストセラーを記録している。アカデミー賞女優で自らも映画製作に尽力するリース・ウィザースプーンがこれを読んでいたく感動し、本の存在を喧伝するとともに自ら映画化を決意した。

 まず『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』で注目されたルーシー・アリバーに脚色を任せ、『ファースト・マッチ』で高い評価を受けたオリヴィア・ニューマンを監督に抜擢。『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』のポリー・モーガンが撮影を担当するなど、女性主導のチームで映画化を実現した。おまけにテイラー・スウィフトが主題歌を引き受けたことで、作品の注目度がさらに上がった。

 主演には1998年生まれのロンドン出身、デイジー・エドガー=ジョーンズが抜擢された。テレビドラマ「ふつうの人々」で絶賛され、舞台でも活動するとともに、ジミー・チュウの2020年秋冬コレクションのモデルにも選ばれている。印象的な眼差しを持った、惹きつけられる容姿の持ち主で、素直なパフォーマンスが好感を呼ぶ。早くも次世代を担う注目株と目されている。

 共演は『ハンターキラー 潜航せよ』のテイラー・ジョン・スミスと、今年のカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた『TRIANGLE OF SADNESS』で演技が評価されたハリス・ディキンソン。どちらも映画界でこれから躍動することは間違いない。加えて『グッドナイト&グッドラック』のデヴィッド・ストラザーン、『ダブル・テイク』のスターリング・メイサーJR、『リトル・シングス』のマイケル・ハイアットが脇を固めている。地味ながら、充実した顔ぶれだ。

 1969年、ノースカロライナの湿地帯で裕福な青年の変死体が発見された。

 容疑者となったのは、両親に捨てられ、ザリガニが鳴く場所といわれる湿地に住む少女カイア。6歳のころに両親に捨てられ、学校に通わずに、花や草木、魚、鳥などの自然から生きる術を学んできた。

 そんな彼女のひとりきりの生活に、見知らぬ青年がはいり込んできた。彼との出会いがカイアの人生を大きく変えることになった。

 町の人たちから湿地の娘と疎んじられてきたカイアの半生が、裁判の審議とともに浮かび上がってくる――。

 ストーリーは 20世紀後半の保守的なアメリカ南東部の空気に負けることなく、あくまでも自然体で凛と生きた少女の讃歌が描かれる。偏見に負けずに、たったひとりで真っすぐに成長した女性の姿が、ストーリーの進行とともに浮き彫りにされていく。与えられた逆境に負けることなく、ひとりで生きる術を身につけてきた彼女が、異性の存在を知ったことから、新たな世界に足を踏み入れざるを得なくなる。そのプロセスを映像はくっきりと焼きつけている。

 ルーシー・アリバーの脚本のもと、監督のオリヴィア・ニューマンはミステリー的な興味よりも、ひとりの女性の成長物語を描くことに力点を置いている。だから真相を明らかにすることが(十分・推察できるものの)多少、描き方が弱くなっている。ただし、20世紀という、偏見に満ち保守的な時代に、自分らしさを失わずに聡明に生きる女性像をしっかりと描いていることは称えたい。

 ヒロインを演じたデイジー・エドガー=ジョーンズの自然体の魅力は特筆に値する。聡明で強さを感じさせる表情、演技に拍手を贈りたくなる。誰かを愛すること、生きることを愛することを誠実に表現している。今後の作品が楽しみでならない。

 最後に少女の選んだ生き方に拍手を贈りたくなる。今も不自由さを実感しているすべての女性に捧げた作品。見て損のない作品だと思う。