『トランセンデンス』はヒネリが利いた、いかにもジョニー・デップ好みのSFサスペンス超大作!

TRANSCENDENCE
『トランセンデンス』
6月28日(土)より、全国超拡大ロードショー
配給:ポニーキャニオン/松竹
©2014 Alcon Entertainment, LLC. All Rights Reserved
公式サイト:http://transcendence.jp/

 

 日本でもジョニー・デップに対する好感度は高い。トム・クルーズと並んで動員力のある、数少ないアメリカのスターといわれている。プロデューサー能力に優れたクルーズが自らの売りを十全に活かした作品で勝負するのに比べ、デップは俳優としての興味で作品を選択している印象がある。
 考えてみれば、デップは『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズや、『ダーク・シャドウ』に『アリス・イン・ワンダーランド』をはじめとするティム・バートン作品などでの、アニメーション的なカリカチュアされたキャラクターを演じて人気を高めてきた。その一方で『ラム・ダイアリー』や『ネバーランド』、『パブリック・エネミーズ』といった通好みの作品でニュアンスに富んだ演技を培うことで、俳優としてのバランスを保っている感じだ。日本ではもっぱらカリカチュアされた作品の方に注目が集まるが、複雑な役柄に挑むデップもなかなかに見応えがある。
 本作も企画段階でデップの好奇心を刺激したことは想像に難くない。演じるのはサイバー空間のなかで生き伸び、強大な力を得ていく天才科学者。人工知能が進化する現実のなかで、人工知能が人間の知性を超越(トランセンデンス)する危険性について描き出す。
    これが初めての長編作品となるジャック・パグレンが書きあげたオリジナル脚本で、ハリウッドでは“ブラックリスト”に挙げられるほど話題となったもの。これを『インセプション』や『ダークナイト』などの撮影で知られるウォリー・フィスターが着目し、『メメント』からのつきあいのクリストファー・ノーランのサポートを得て監督デビュー作に選んだ。
    パグレンがコンピュータ科学者の妻との会話から発想したストーリーで、テクノロジーの進化がもたらす人間関係の変化というテーマに惹かれたというフィスターは、製作総指揮にノーランをいただき、自らは監督に専念。撮影は『ホットファズ 俺たちスーパーポリスメン!』のジェス・ホールに任せ、こうしたSF作品には珍しく35ミリフィルムでの撮影をあえて選んだ。映像の深み、色の彩度、コントラストがデジタルとはまったく違う効果を画面にもたらす。撮影監督として映像に携わってきたフィスターならではのこだわりである。
   出演者はデップのカリスマチックな演技を受けて、『エンド・オブ・ホワイトハウス』などで健在ぶりを発揮しているモーガン・フリーマン、『ザ・タウン』のレベッカ・ホール、『プリースト』のポール・ベタニー、『インセプション』のキリアン・マーフィなどなどクセのある俳優たちが選りすぐられている。

 天才科学者ウィル・キャスターは、公私に渡るパートナーの妻エヴリンとともに、コンピュータのもたらすより良き未来を信じて研究を行ない、目覚ましい成果を挙げていたが、そのことで反テクノロジーを標榜する過激派集団R.I.F.T.の標的となり、撃たれる。
 銃弾の傷は浅かったものの、弾丸に放射性物質が塗られていたため、ウィルの容体が急変。夫を失いたくないエヴリンは研究していた人工知能PINNのコアユニットを研究室から盗み出し、親友のマックスの協力のもとでウィルの頭脳をインストールする。願いは通じて、ウィルは人工知能として蘇る。
 2年後、ウィルは巨大な施設を生み出し、世界中の情報を取り込んで進化を続けていた。なかでも再生治療に力を入れ、障害のある人間を治療で完治させたばかりか、不死身の存在に仕立てようとしていた。もはや神の領域に至ったウィル。ことここに至って、マックスはウィルが人類の脅威になることを確信する。
   マックスはエヴリンに忠告すると、R.I.F.T.と手を組んで、ウィルの施設の攻撃を実行に移した――。

 思考能力と意思をもち、ネットで繋がれた人工知能は、もはや想像の産物ではないのだという。本作は、こうした人工知能がさらに進化し、人類の意向を無視して行動したとき、もたらされる世界はバラ色かというテーマに挑んでいる。病も老いもない世界を生み出すために仕掛ける人工知能の行動は、災いを世界に持ち込む人類の終焉を意味することになる。人間は不完全なものという認識に立つと、コンピュータがさらに存在感を増していく方向性は、どこかで齟齬をきたすのではないか。これが本作の示す警鐘である。
 もっともストーリー的には、人工知能に移植されたことによってマッド・サイエンティスト化した主人公の暴走を、いかにくいとめるかというサスペンスが芯となる。題材的には最新科学に根ざしているが、ストーリーはむしろ古典的な展開なのだ。
    しかもフィスターはとことん、ヴィジュアル・インパクトで貫く。強大な力をもったウィルの施設の描写から、彼が巻き起こす凄まじい現象まで、徹底的にディテールに凝って映像化してみせる。長年、ノーランのもとで撮影を担当してきたことで、その影響は、多少、舌足らずなところはあるものの、演出の端々にうかがえる。

 本作のデップは過剰なところをみせず、自然な演技でウィルというキャラクターを構築。作品にリアルな恐怖を生み出している。知的で穏やかであればあるほど、不気味で凄味が増す。デップの巧みな演技設計の成果だ。
 デップの演技を受けて、エヴリン役のホールは熱演を繰り広げている。前半では愛する夫の存在を残すために阿修羅のごとくふるまい、あえて逸脱することも辞さない女性の強さを表現。後半では、愛しながらも、変貌するウィルに不信感を抱くプロセスをきっちりとみせてくれる。この他、マックス役のベタニーをはじめ、個性派俳優たちがむしろデップを受けて、正攻法の演技を披露しているのも興味深いところだ。

 これもまた過剰なキャラクターではあるが、デップは静かなアプローチで楽しませてくれる。キャスティングの妙、映像もふくめて、一見に値する。