『七人樂隊』はかつての香港と香港映画に思いを馳せた、感涙のオムニバス作品!

『七人樂隊』
10月7日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
配給:武蔵野エンタテインメント株式会社
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公式サイト:https://septet-movie.musashino-k.jp/

 ふりかえってみると、20世紀後半の1970年代あたりから香港映画は日本でも大きな脚光を浴びていた。

 ブルース・リーというスーパースターが呼び水となってカンフー映画が流行し、一方でキン・フーの武侠映画がカンヌ国際映画祭で話題になった。ちょうど香港がエンターテインメントのメッカと認識され、作品がアジア中を席巻した頃だ。

 ワイヤワークが際立ち、殺陣も磨かれたカンフー映画や武侠映画、ジャッキー・チェンに代表されるスタントが飛び抜けたアクション、分かりやすいギャグのコメディ、義理と人情の香港ノワールなどなど、さまざまなジャンルの作品を次々と送り出し、日本やアメリカでもヒットを飛ばした。

 当時、香港はイギリスの植民地だったが、逞しい国民性のもと、経済に敏く、自由主義の気風が香港を覆っていた。当然、映画人も経済的な裏打ちがあれば製作したい題材に挑める。何よりも誰もが面白い作品を作りたいという思いで満ち満ちていた。

 しかし1997年に中国本土復帰が成され、当初、保証されていた一国二制度は机上の空論と化した。中国政府の意向に従うこと。映画製作は膨大な数の映画人口を抱える、中国人民に準じて、あくまでも勧善懲悪、愛国高揚。自由主義的テーマやメッセージは許されなくなった。

 中国本土での商売を考えるようになって、香港映画は急速にパワーを失うに至った。現在では仕掛けは派手だが空疎な勧善懲悪大作が目立つ。

 本作は、かつての香港に対するノスタルジー、香港社会の人情、そして溌溂としていた香港を称えている。製作に関わったのは香港ノワールの匠、ジョニー・トー。かつての香港映画の黄金期を彩った監督たちに声をかけ、それぞれ10分程度の短編で、香港のさまざまな時代、様相をフィルムに焼き付変えることを提唱した。今も辛うじて残っている風景がフィルムで蘇る。ここに昔を知るファンは涙を禁じ得ない。本作は2020年のカンヌ国際映画祭のオフィシャル・セレクションに選ばれている。

 本作は、1950年から未来まで、香港という場所のさまざまな側面が描かれる趣向だ。決して長くはないが、どれも胸に沁みる。

 まず『燃えよデブゴン』などの主演で知られる、ジャッキー・チェンの兄貴分、サモ・ハンの監督作「稽古」が最初に用意される。戯劇学校の師匠の厳しい指導を免れようとする少年たちの悪知恵がユーモラスに紡がれる。サモ・ハン自身の記憶の映像化といえばいいか。彼や、ジャッキー、ユン・ピョウたちはこうした戯劇学院で鍛錬して、後に香港映画を牽引するスターとなった。アレックス・ロウ監督の『七小福』でも、この時代の記憶が紡がれるが、サモ・ハンが師匠を演じたことで意味が出てくる。

 続く「校長先生」はあらゆるジャンルで才能を発揮した女性監督、アン・ホイが、未だ貧しいが人情のあった、1960年代の香港社会に思いを馳せる。小学校で奮闘する若き教師の姿を細やかに綴って、人と人の絆が密であった頃をふりかえる。しみじみと心に沁みる仕上がりだ。

 『別れの夜』は香港ニューウェーブのひとり、パトリック・タムが英国移住の盛んになった1980年代の恋人同士の葛藤をメロドラマチックに描く。挿入曲が山口百恵の「秋桜」のカバーというのも、当時の香港映画で盛んに行なわれた日本のヒット曲の流用。いいものは躊躇しないで使う香港らしい発想だ。

『回帰』は『マトリックス』などのアクション指導で知られるユエン・ウーピンの監督作。中国本土返還を目前にした1997年に、あえて移住をしないカンフーの達人に焦点を当てたコメディだ。主演が“七小福”のひとり、ユン・ワーなのもニヤリとさせられる。

 さらにジョニー・トーは、「ぼろ儲け」で西暦2000年を背景に、投資にかける若者たちをコミカルに浮き彫りにする。どんな時でも逞しさを失わない香港人への讃歌だ。

 ハードボイルド・アクションの匠、今は亡きリンゴ・ラムは「道に迷う」で、英国に移住した家族が、住み慣れた香港に里帰りしたものの激変した街で右往左往する姿を描く。カナダに留学し映画を学んだ好漢、リンゴ・ラムには親しくしてもらった記憶がある。その映像をみるだけで胸が熱くなる。主演をしているのが、アメリカ映画にも個性を発揮したサイモン・ヤムというのも泣ける。

 最後に、香港一のヒットメーカー、ツイ・ハークは「深い会話」で香港の未来が混沌としていることを予測する。最後にフィナーレとばかりに、アン・ホイをはじめとする匠たちが一堂に介する。

 どの監督も香港愛に満ち、香港人への共感に溢れた映像を生み出している。

「デジタルの時代にあえてフィルムの持つ魅力を称えたかった」とのジョニー・トーのことばも胸に響く。

 もはや失われつつある香港の人情、風景をあえてフィルムに焼きつけ、永遠の輝きを放たせる。ここに参画した監督たちの自由に思いのたけを綴った新作が早く見たいものだ。