2021年に紹介した『浜の朝日の嘘つきどもと』の異色監督、タナダユキの新作である。描き出すキャラクターの個性と紡がれるストーリーのユニークさで、彼女の監督作は常に評価が高いが、本作はストレートに情感が迫ってくる。見る者は疾走する映像に身を任せるうちに、キャラクターたちの思いの深さ、哀しみに包まれる仕掛けだ。
原作は平庫ワカの同名コミック。文化庁主催のメディア芸術祭マンガ部門新人賞に輝いた作品だ。タナダ監督は一読するなり映画化を熱望。テレビドラマ「東京、愛だの、恋だの」や『ふがいない僕は空を見た』でコンビを組んだ向井康介に協力を頼み、ともに脚色に挑んだ。これまでコミックの実写化には懐疑的だった監督だったが、それを上回る力強さが原作にあり、なによりも描かれた世界に魅せられたのが大きかったという。
ヒロインに選ばれたのは、NHKテレビ小説「半分、青い」で注目を集め、近年は『地獄の花園』、『そして、バトンは渡された』など話題作が多い、永野芽郁。感情に素直に行動する、ちょっとヤンキーっぽい女性像に果敢に挑戦している。
相手役は「半分、青い」で永野芽郁同様に注目され、『君は永遠にそいつらより若い』をはじめ出演映画が目白押しの奈緒。
さらに『ふがいない僕は空を見た』以来、タナダ監督の信頼厚い窪田正孝、今やすっかり性格俳優となった尾美としのり、そして吉田羊という実力派俳優が揃えられた。
ブラックな企業に勤め、閉塞感に満ちた日々を送るシイノトモヨはテレビのニュースで親友のイカガワマリコが死んだことを知った。
幼い頃からのつきあいで、なにくれとなく聞かされてきた。小学生時代から父親に虐待を受けてきたこと。つきあう男がクズばかりだったこと。ことあるごと憤り、何とかできないかと応えてきたのにマリコが死んだ。
長いつきあいだったが、結局、何もしてあげられなかった。衝撃を受けたシイノは包丁を隠し持ってマリコの家を訪ねる。
仏壇の前に座っている父親を目にすると、たちまち怒りに駆られ、父親の背中を蹴り上げると、遺骨を強奪して窓から飛び出す。
家に戻ったシイノはマリコからの手紙と遺骨を抱いて、マリコが行きたがっていた“まりがおか岬”を目指して旅を始める。しかし思わぬハプニングが待ち構えていた。マリコとシイノの最初で最後の旅は完結することができるだろうか――。
テンポのいい語り口で、マリコの不幸な生涯が思い出とともに浮かび上がる。それを見守るしかなかったシイノも決して恵まれた生活をしてきたわけではなかったが、マリコに比べたらまだまし、と納得させて生きてきたふしがある。『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』の主人公の少年のように、空で死ぬしかなかったライカ犬よりも自分の人生がマシと考えたようなものだ。マリコはどこまでも受け身で抗わない。シイノは何とか自分の生き方を見いだそうとするが、所詮、できることが決まっている。
ふたりの女性の決して恵まれてはいないない人生を通して、やりきれない今の時代の様相が浮き彫りにされている。現在では精神的にも物質的にも豊かではなく、先の見えた人生を無為に生きる若者が多いと聞く。
それでもシイノは直情的に行動する。そのハードボイルドで潔い行動力には拍手を送りたくなる。我慢することを強いられてきた日々に反旗を翻す姿はとても格好がいい。タナダ監督はシイノの行動をストレートに紡ぎ出し、見る者に感動と共感をもたらしている。
出演者はいずれもすばらしい。永野芽郁ははすっぱに煙草をくわえて、斜に構えて日々を送る女性像に挑戦し、みごとに演じ切っている。これまでの作品のキャラクターよりも能動的で考えなし。そのわりに脆いところもある。さらに役柄が広がったといいたくなる。
奈緒の演じるマリコもどこまでも流されて、すべてを受け入れて不幸になるキャラクター。すばらしく巧みに演じている。むしろ不幸を呼び寄せるキャラクター、そのことが自分自身の個性とでも思っているよう。この役に奈緒はピッタリとハマっている。
今の時代を描いた、素敵な女性の友情の映画。決して大作ではないが、今年みるべき1本と言っておきたい。