『渇きと偽り』は干ばつに苦しむオーストラリア農業地帯を背景にした本格ミステリー快作。

『渇きと偽り』
9月23日(金)より、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
配給:イオンエンターテイメント
©2020 The Dry Film Holdings Pty Ltd and Screen Australia
公式サイト:http://kawakitoitsuwari.jp/
 

 英国推理作家協会(CWA)の最優秀長編賞ゴールド・ダガー賞に輝いた、オーストラリア発のミステリー映画化である。

 原作者のジェイン・ハーパーは英国のマンチェスター生まれでオーストラリアに移住。ジャーナリストの経験を経て作家に転進。これが長編第一作となる本作がCWA賞に選ばれ、世界的なベストセラーになったのも驚くべきことだが、なによりミステリーの面白さを堪能させながら、現代オーストラリアが直面する問題を浮き彫りにした手腕に驚かされる。

 広大な土地を誇るオーストラリアでは地球温暖化の影響からか、干ばつが頻発しているという。カラカラに乾ききった大地を前にして、人間は成す術もない。土地にしがみつくか、捨て去るか。二者択一が迫られる。政府としても対策に苦慮するなか、干ばつはより深刻になっていると聞く。

 本作の背景にはこうした問題に焦点を当てる。ビクトリア州の架空の町という設定で、雨降らぬ土地に囚われて、閉塞した空気に鬱屈とする人々のもとで事件は起きるのだ。

 登場人物を見て、かつて『マッドマックス2』の取材でブロークンヒルを訪れたことを思い出した。シドニーから飛行機で3時間余の砂漠の町で撮影は行われていたのだが、そこの若者たちは仕事もないのに、大都市に行くことは考えたこともないようだった。生まれた土地を動かないことを当然のように思っている。仕事もなく、飲んだくれては、道路標識を銃で撃って騒ぐ日々。日本人ならば、都会に出て新たな生活に挑戦することを考えそうなものだが、彼らには新天地で生活を変える発想はないようだった。

 本作に登場する主人公は故郷を捨てて20年ぶりに戻ってくる設定だ。彼もまた、本来であれば、故郷を捨てる気はなかったが、やむを得ない事情で出て行くしかなかった。

 メルボルンの連邦捜査官である主人公アーロン・フォークは高校時代の親友ルークの葬儀のために戻ってきた。ルークは家族を惨殺した後で自殺したとされていた。

 フォークの帰郷は大きな波紋を巻き起こす。彼が17歳の頃、ルークとともに仲の良かった同級生が変死し、犯人と疑われたことがあったのだ。彼は父に護られて故郷を去らざるを得なかった。

 そして、ルークの無理心中事件の真相を明らかにするべく、故郷に留まることになる。当然のことながら、フォークに対する風当たりは強く、否応もなく17歳のときの事件も、彼の脳裡に蘇ることになる。

 死んだ彼女に恋とよべる感情を抱いていた。しかし、事件が起きたときは、思わず嘘をつき、周囲の疑いのなかで去らざるを得なかった。

 親友の事件は、いつしか過去の事件とリンクし、思わぬ展開をみせることになる――。

 ほこりが風に舞う大地にへばりついて生きる人々。彼らの時間軸が都会の人間とは大きく異なる。主人公は都会での生活を経験したからこそ、故郷の人々の閉塞した考え方がより深く理解できる。本作は主人公の友人事件の捜査と並行して、彼自身の青春時代の忌まわしい事件も白日の下にさらされる。なるほどミステリーの賞を獲得しただけのことはある、絶妙のプロットである。

 現在の事件が青春時代の事件とシンクロするという展開は、決して斬新なものとはいえないが、背景となる干ばつに苦しむ故郷の存在が加わると複層的な人間ドラマに昇華する。女性のための製作会社を設立したプロデューサー、ブルーナ・パパンドレアは、本作が出版される前から気に入り、映画化権を入手した。ミステリーのファンでもある彼女は、製作者としても知られるロバート・コノリーに脚本と監督を依頼した。コノリーは原作のエッセンスを汲み取りながら、映画として過不足なくつくりあげた。ミステリーとして巧みに観客を惹きこみ、青春映画的な甘さ・ほろ苦さも加えている。忌まわしい事件の真相を手際よく映像化したことは称えたくなる。

 出演者はあまり知名度はないが、オーストラリア勢でまとめられ、唯一、主人公アーロン・フォーク役にエリック・バナを起用したのはよかった。『トロイ』や『ミュンヘン』でハリウッドからも覚えめでたい彼が過去に直面して、悩めるキャラクターを誠実に演じ切る。

 ミステリー・ファンにはお勧めしたい仕上がり。決して派手ではないが、拾い物と言いたくなる作品だ。