『オフィサー・アンド・スパイ』はロマン・ポランスキーによる実話をもとにしたサスペンス!

『オフィサー・アンド・スパイ』
6月3日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開
配給:ロングライド
©2019-LEGENDAIRE-R.P.PRODUCTIONS-GAUMONT-FRANCE2CINEMA-FRANCE3CINEMA-ELISEO CINEMA-RAICINEMA ©Guy Ferrandis-Tous droits reserves 
公式サイト:https://longride.jp/officer-spy/

 ロマン・ポランスキーに初めて接した作品は『水の中のナイフ』だった。未だ日比谷映画街が隆盛を誇っていた1965年に、みゆき座で鑑賞し、大きな衝撃を受けた。以来、『反撥』や、アメリカに渡ってヒットを収めた『ローズマリーの赤ちゃん』や『チャイナタウン』などの話題作を生み出すも、作品以上に私生活がスキャンダラスだった。

 1968年に妻だったシャロン・テートがチャールズ・マンソン・ファミリーに惨殺され、1977年にはポランスキー自身が少女モデルをレイプした罪で逮捕される。そして保釈中にアメリカから逃亡し、以後、ヨーロッパを拠点に監督活動を続ける。

 2002年にはカンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝き、アメリカン・アカデミー賞監督賞を獲得した『戦場のピアニスト』、さらにベルリン国際映画祭銀熊賞を手中に収めた2010年の『ゴーストライター』など、卓抜した作品を生み出している。

 2019年に発表した本作は19世紀フランスを震撼させた実話の映画化。フランス軍に籍を置くアルフレッド・ドレフュス陸軍大尉の冤罪事件を題材にしている。

 ドレフュスはユダヤ人であるが故に機密漏洩の反逆罪に問われ、軍籍を剥奪された上に終身刑を宣告された。ポランスキーはこの題材に自らの体験を重ね合わせてストーリー化したように思える。ユダヤ人の異国者であるが故に忌み嫌われ、犯罪者の汚名を着せられたといいたいかのようだ。『ゴーストライター』でも組んだロバート・ハリスの書いた小説をもとに、ポランスキーとハリスが脚色に当たった。

 ドレフュス事件を扱うことが決まったが、ストーリーの構築がうまくいかなかった。悩んだ末に視点を変え、主人公をドレフュスの元教官にして、防諜の責任者ジョルジュ・ピカールに据えることで、事件の経緯を辿れるようにした。ピカールであれば、さまざまな事柄を知る立場にあり、この冤罪事件の全貌も明らかにできる。かくして実話とも思えない謎解きサスペンスに富んだ展開も可能になった次第。まさに匠ポランスキーの巧みなストーリーテリングでエンターテインメントとして屈指の仕上がりとなった。フランスでナンバーワン・ヒットを記録したのも納得できる仕上がりだ。

 出演は『アーティスト』でアカデミー賞主演男優賞を獲得したジャン・デュジャルダンを軸に『パリの恋人たち』のルイ・ガレル、『フランティック』のエマニュエル・セニエ、『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』のメルヴィル・プポー、そして『あの頃エッフェル塔の下で』など、アルノー・デプレシャン作品でお馴染みのマチュー・アマルリックまで、個性豊かな演技派が結集している。

 1894年12月22日、ドイツに軍事機密を流した容疑でアルフレッド・ドレフュス大尉は有罪判決を受け、終身刑の判決を受けた。

 彼の教官であったジョルジュ・ピカールは複雑な気持ちで判決を聞いていた。彼もまたユダヤ人嫌いであったが、一貫して無罪を主張したドレフュスが嘘を言っているように思えなかったからだ。

 まもなくピカールは防諜の責任者に抜擢される。防諜部が旧態依然としていて、風紀が乱れていることを知った彼は体制改革に乗り出す。改革の過程で、ドイツのスパイが別のフランス人士官ではないかという疑いが生まれる。ドレフュスの書いたとされる文書の筆跡がその士官のものと一致したからだ。

 その事実を上司に訴えたピカールだったが、逆に不興を買い、僻地への出向を命じられる。パリに戻ったピカールは軍を頼らず、メディアに訴えかける。事実を知った作家のエミール・ゾラは糾弾の記事を新聞に書き、ピカールも逮捕されるが、彼は一貫してドレフュスの無罪を訴えた。この努力によって再審の道は開かれたが、長い歳月を要することになった――。

 本作をみると、反ユダヤの風潮はドイツに留まらずヨーロッパ中にあったことが分かる。生真面目な陸軍大尉アルフレッド・ドレフュスはその風潮の生贄になったに過ぎなかった。ポランスキーは巧みな語り口で、見る者をグイグイと画面に惹きこんでいく。実話の映画化で、結果は分かっているはずなのに、手に汗を握る。

 19世紀末の華やかな雰囲気のなかに諜報活動の実態が披歴され、フランス中に渦巻いていた反ユダヤ主義の実態が浮かび上がってくる。ポランスキーは、いわれなき差別がもたらした犯罪の実相を紡ぎだし、自らも冤罪だと訴えかけているようだ。もっともポランスキーに関しては、未だに少女嗜好の犯罪者のイメージは払拭されていないが、ただ監督としての力は大したものだと思う。ベネチア国際映画祭銀獅子賞(審査員大賞)に輝いたのも頷ける。

 出演者はピカールを演じたジャン・デュジャルダンの悠々迫らぬヒーローぶり。一徹なドレフュスを体現したルイ・ガレルもいいが、ピカールの愛人を演じたのエマニュエル・セニエも健在ぶりを発揮している。メルヴィル・プポー、マチュー・アマルリックは画面に個性を滲ませる。おっと『花咲ける騎士道』のヴァンサン・ペレーズも顔を出しているじゃないか。これだけの顔ぶれが揃ったのもポランスキーの吸引力なのか。

 撮影監督のパヴェル・エデルマン、音楽のアレクサンドル・デスプラなど、スタッフもみごとな仕事ぶり。格調があって最後まで楽しめる。ミステリーがお好きならお勧めできる逸品だ。