『死刑にいたる病』は練り込まれたストーリーに翻弄されるクライム・サスペンスの好編。

『死刑にいたる病』
5月6日(金)より、丸の内ピカデリー、新宿バルト9、渋谷シネクイント、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国ロードショー
配給:クロックワークス
©2022映画「死刑にいたる病」製作委員会
公式サイト:https://siy-movie.com/
 

 日本映画界でインパクトあるエンターテインメントを生み出す監督を問われると、即座に白石和彌の名を挙げたくなる。

『兇悪』や『日本で一番悪い奴ら』、『彼女がその名を知らない鳥たち』に『孤狼の血』2部作などなど、いずれもアクの強い仕上がりでセンセーションを巻き起こした作品ばかりだ。人間の闇の部分を映像に焼きつけながら、決して陰惨に過ぎない個性がこの監督の持ち味。下世話を恐れず、痛快に疾走する語り口が身上だ。

 本作は2015年に「チェインドッグ」の題名で刊行され、2017年に文庫化の時点で改題された櫛木理宇の同名小説の映画化である。

 脚本は『さよなら渓谷』や『そこのみにて光輝く』『オーバーフェンス』などで知られる高田亮。本作が初めての白石作品となる。巧みに原作の魅力を活かしながら、映画的に脚色した展開が、白石監督のパワフルな演出と相まって、サイコスリラーと呼ぶにふさわしい仕上がりとなった。

 教育熱心な一家に生まれながら、三流大学にしか受からず、鬱屈した日々を送っている大学生・筧井雅也のもとに一通の手紙が届く。それは24件の殺人容疑で逮捕され、9件の事件で死刑判決を受けた犯人・榛村大和からのものだった。

 かつて榛村は雅也の地元の町でパン屋を営んでいて、中学生だった雅也も親切にしてもらった記憶があった。

 興味をそそられて雅也は拘置所に榛村を訪ねる。すると榛村は柔和な笑顔で彼を出迎え、衝撃的な告白をする。立件された9件目の殺人だけは冤罪だというのだ。他の殺人は自分が行なったが、9件目は違うと言い張る。真犯人の存在を証明してほしいと雅也に頼み込んだ。

 雅也は9件目の事件を調べ始める。確かに他の事件のように、榛村の手口とは異なる殺め方がされている。調べていくうちに、別の犯人がいるのではないかと思えてくる。雅也は調査に熱中し、つまらない大学生活を放り出してのめりこんでいく――。

 随所に伏線が張られ、思いもかけない展開をみせる。果たして9件目の事件は冤罪なのかという謎に挑んでいくうちに、新たな謎が飛び出し二転三転。雅也自身の生活にまで余波は及んでいく。謎を明かすこと、ストーリーを綿密に語ることは作品の興を殺ぐので、みてのお楽しみとしておくが、白石監督のミスリードする演出に翻弄されることは確実だ。

 人によっては『羊たちの沈黙』のクラリス捜査官とハニバル・レクターの関係性を想起するかもしれないが、こちらは囚われた自分の冤罪を主張する趣向。榛村大和の底知れぬ人間性に雅也が惹かれていくことで、異なる地平が浮かび上がってくる。

 それにしても榛村のキャラクターは圧倒的だ。どこまでも人当たりが良く、誠実な態度を崩さないが、自分のパン屋で目をつけた少年、少女を残酷な手口で殺し、平然と死体を処理する。これまで映画化された殺人犯キャラクターとしても出色の存在だ。その功績は演じた阿部サダヲに負うところが大きい。これまで白石監督作品では『彼女がその名を知らない鳥たち』の献身的なキャラクターが忘れ難いが、本作はそれを凌駕している。人が好さそうで底知れない闇を内包している殺人鬼。およそ犯罪と無縁にみえるイメージの阿部サダヲが演じたことで、不気味さと悪魔性を際立たせることになった。

 一方、雅也は『そして、バトンは渡された』などで売り出し中の岡田健史が演じる。受験に挫折し自信を喪失したナイーブなキャラクターにぴったりハマり、最後まで観客とともに翻弄される役割をみごとにこなしている。

 共演陣もヴァラエティに富んでいる。三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE及びEXILEのメンバーで俳優としても活動する岩田剛典、中山美穂、さらに宮崎優、鈴木卓爾などが個性に合ったキャラクターを適演している。

 ミステリー、サスペンスのファンには何とも嬉しい仕上がり。思いもかけない展開に目がスクリーンに釘付けとなり、最後の最後に衝撃的な幕切れが用意される。どこまでも飽きさせない、白石演出に拍手が送りたくなる。