『親愛なる同志たちへ』はアンドレイ・コンチャロフスキーが生々しく振り返るソ連時代の圧殺事件!

『親愛なる同志たちへ』
4月8日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
配給:アルバトロス・フィルム
©Produced by Production Center of Andrei Konchalovsky and Andrei Konchalovsky Foundation for support of cinema, scenic and visual arts commissioned by VGTRK, 2020
公式サイト:https://shinai-doshi.com/

第77回ヴェネチア国際映画祭において審査員特別賞に輝いた作品である。

 なにより目を引いたのは監督にアンドレイ・コンチャロフスキーの名があったことだ。彼はロシアがソビエト社会主義共和国連邦だった1960年代から活動し、『貴族の巣』(1969)や『ワーニャ伯父さん』(1971)、『シベリアーダ』(1979)などの注目作を発表。

 その後、ソ連映画界に飽き足らず、西欧の女性と結婚して、合法的に出国。アメリカ映画界で『マリアの恋人』(1984)や黒澤明脚本の『暴走機関車』(1985)、『デッドフォール』(1989)など、多彩なジャンルを手がけた。東西冷戦が終結してからは、再びロシアに戻り、数は少ないが着実に作品を送り出してきた。

 本作は2020年の製作となる。激動の時代に折り合いをつけながら作品を生み出してきたコンチャロフスキーが、故国に抱く愛憎を凝縮して映像に込めた作品だ。

 題材に選んだのは1962年にソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)の南部にある地方都市ノボチェルカッスクで実際に起こった虐殺事件。この事件は、ソ連崩壊後の1992年まで30年間にわたり国家に隠蔽されてきたという。当時を知るコンチャロフスキーは、ソ連の1960年代という時代を丹念に、細部まで再現したいと考えた。当時を生きる人々の純粋さを称えつつ、共産主義の理想と現実を浮き彫りにしている。

 脚本を担当したのはコンチャロフスキーと彼によって見出されたジャーナリスト出身のイェレーナ・キセリョーヴァ。ふたりはこれまでも幾つかの作品で協力し合ってきたが、本作がもっとも成功した作品となった。さらに、事件の全容解明に努めた現司法省少将、ユーリ・バグラエフが脚本に協力したことで、作品のリアリティがいっそう高まることになった。

 ノボチェルカッスク市政委員会で生産部門を担当する共産党員リューダは、市のエリートであり、熱心な愛国主義者の中年女性。特権を駆使し、アバンチュールを楽しむ余裕も持ち合わせている。

 彼女が委員会に出席したとき、電気機関車工場でストライキが行なわれていることが判明する。あわててリューダたち委員が工場に赴くと、大幅な賃下げによってストが起きたことが判明する。建物の外にひしめく大勢の労働者はほとんど暴徒と化していた。

 KGB地方本部ではストの首謀者摘発の準備を進めていた。党中央委員会はすでにノボチェルカッスクの大規模デモが国家レベルの危機と考えていた。

 地下道を使って脱出したリューダたちは、モスクワの高官たちを交えた緊急会議に出席。市外への情報漏洩を防ぐため、軍による封鎖、監視状況が報告されるなか、リューダは強硬手段を提案。兵士に銃器の携帯が決定された。

 夜遅く帰宅したリューダは娘に工場に行かないように命じるが、考え方が相容れない娘は反発する。

 翌日、市は軍に封鎖され、戦車まで出動した。だが労働者たちは再び蜂起。5千人にもふくれ上がったデモ隊は党地方本部のビルに向かって行進した。オフィスから避難する途中、リューダはKGBのスナイパーが屋上に身を潜めているのを目撃する。まもなくビル前の広場に銃声が鳴り響き、デモ参加者が次々と倒れ込んだ――。

 映画はひとりの中年女性の行動を軸に、三日間におよぶ事件の全容を描いていく。KGBの公式データによると事件の死者は二十六人、負傷者数十人、逮捕者数百人を出し、七人が処刑されたという。そもそもは市を司る委員会があまりに官僚的な対処をしたため、庶民の反感を買い大規模なストに拡大していったもの。そのプロセスがモノクロームの映像でリアルに焼きつけられて、圧巻の迫力。みる者を惹きこまずにはおかない。

 アメリカ時代にはアクション・コメディまで手掛けたコンチャロフスキーは、自在な演出。ヒロインたち市幹部の姿を幾分カリカチュアして浮かび上がらせ、エリートであることを謳歌してきた彼らが事態の対応に何の力も振るえないことが明らかにする。全体国家では中央の判断が絶対。無力なヒロインは消えてしまった娘の行方を求めて、阿鼻叫喚の市街を彷徨うことになる。

 ストがエスカレートするプロセスから発砲によって地獄絵図と化すまでを、コンチャロフスキーはドキュメンタルに再現していく。モノクロームであることが、かえってリアルさを加速し、生々しさを画面に与える。繰り広げられるモブシーンの演出はさすがにうまい。長年の多彩な経験がここに活かされている。

 熱心な愛国者で共産主義を信奉するヒロインが事件を体験することで国家の無慈悲さを実感する。この展開は体制が変わった現在も変わっていないといいたいのか。

 主演のユリア・ビソツカヤは現在の監督夫人。その熱演ぶりには目を見張る。アンドレイ・グセフにヴラジスラフ・コマロフと共演者に馴染みはないが、いずれも適演。映画の迫力を倍加させている。

 今や悪の権化といわれているロシア、その根はソビエト社会主義共和国連邦の頃より育まれていた。そんな発想が浮かぶ。一見に値する仕上がりだ。