『アネット』はレオス・カラックスの絢爛たるダークファンタジー・ロック・オペラ!

『アネット』
4月1日(金)より、ユーロスペース、角川シネマ有楽町、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国ロードショー
配給:ユーロスペース
:© 2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano
公式サイト:https://annette-film.com/

 2021年のカンヌ国際映画祭のオープニングに選ばれ、監督賞にも選ばれた作品である。

 監督はレオス・カラックス。その名を聞くと食指を伸ばす人も少なくないだろう。1983年に長編第1作、『ボーイ・ミーツ・ガール』で熱い注目を浴びたのが23歳。以来、『汚れた血』(1986)、『ポンヌフの恋人』(1991)、『ポーラX』(1999)、『ホーリー・モーターズ』(2012)まで、決して数は多くないが、発表するたびに大きな注目を浴びた。

 デビューの頃より、現代の重要な作家と称されたカラックスは1作ごとにスタイルを変え、常に題材にふさわしい表現を求めてきた。その彼ももはや61歳。演出力、独創性を謳われ、唯一無二の映画作家との呼び声が高い彼が8年ぶりに挑んだのが本作となる。それも母国語のフランス語を離れて初めての英語作品で、しかもミュージカルというのだから驚く。

 以前より、ミュージカルに興味を持っていたカラックスは、1972年にデビューして以来、常にユニークなサウンドで魅了してきたロックバンド、ロンとラッセルのメイル兄弟のスパークスと交流があったことで、映像化のチャレンジが可能になった。スパークスはカラックスに原案と楽曲を提供。それをもとにカラックスがイマジネーションを膨らませて映像化した。

 もちろん、映画に対する膨大な知識の持ち主のカラックスは、ジャック・ドゥミの『シェルブールの雨傘』からスティーヴン・ソンドハイムまで、古今のミュージカルの記憶を引用しつつ、まったく新しい世界を構築している。なによりも冒頭のイントロダクション、登場人物の合唱から見る者をグイグイと惹きこむ。何とも魅惑的な導入なのだ。

 作品はロック・オペラと呼ぶのがふさわしい。鋭いジョークが売りのスタンダップコメディアンのヘンリーと、国際的なオペラ歌手のアンが恋に落ちる。

“美女と野獣”と、世間から注目されるにしたがって、ふたりの間に波風が立ち始める。短気なヘンリーは自分の置かれた立場に我慢がならなくなる。

 ふたりの間にアネットが誕生したことで人生は大きく狂っていく――。

 スパークスのポップなのにオペラ的楽曲が流れ、幻想的な映像が綴られていく。愛の寓話であり、典型的なストーリーのなかに時代性も吹き込まれた映像はカラックスの際立ったセンスなしには成立しえないものだ。オペラ歌手とスタンダップコメディアンという、まったくそぐわない世界の男女が恋に落ち、崩れていく過程をカラックスは極めて説得力のある映像で紡いでいる。絢爛たるセット、ロサンゼルスのロケーションをふくめて、これまでのカラックス作品とは一味違う。

 さらに出演者に対しては演技と同時に唄うことを求めた。歌うことがまるで呼吸するように自然になるという思い。またアネットをCGやデジタルにせず、あえて人形劇で使うようなものに変えたのもカラックスのアイデア。確かに幻想味が加わってよりミステリアスなテイストが映像に満ちるかたちとなった。

 スパークスの楽曲はポップなのに一筋縄でいかない。分かりやすいのにユニークな味わいをもたらす。心に沁みることは確かで、映像が加わることでさらにメッセージが深まる。この作品によってスパークスの存在が再確認されることは間違いないだろう。

 この作品のもう一つの魅力はキャスティングにある。ヘンリーに扮するのは『ブラック・クランズマン』や『沈黙‐サイレンス‐』、近年では『最後の決闘裁判』に『ハウス・オブ・グッチ』など出演作が目白押しのアダム・ドライバー。激情に駆られて行動に走るスタンダップコメディアンをみごとに体現している。声もキャラクターにふさわしい。

 一方、国際的オペラ歌手アンに挑んだのは『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』でアカデミー主演女優賞に輝いたマリオン・コティアール。本国フランスでは『君と歩く世界』などで個性を発揮し、『インセプション』をはじめとするアメリカ映画でも魅力を振りまいている。どんなジャンルでもこなせる存在として貴重な存在だ。歌もまことにうまい。

 ふたりの熱演を支えるべく、『グッドナイト&グッドラック』のサイモン・ヘルバーグに加え、カラックス自身もスパークスも顔を出す。

 華麗な映像世界に魅了され、もう一度見たくなる。カラックスの演出に拍手を送りたい。一見をお勧めする次第。